文学

『「愛」のかたち』

最近、優生学関連の本を読んでいて、そのなかに戦後日本で「優生保護法」という法律が作られることになった経緯が書かれている箇所があったのだが、読みながら武田泰淳の小説『「愛」のかたち』の一節を思い出した。 なぜその箇所を思い出したのかは分からな…

『永遠の夫』

永遠の夫 (新潮文庫)作者: ドストエフスキー,千種堅出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1979/07/03メディア: 文庫 クリック: 8回この商品を含むブログ (28件) を見る読んでてすごく退屈だったのだが、いつもの悪癖で中途でやめることができず、だらだらと最後ま…

ザンパノ

こないだ、庄野潤三の小説を読んでたら、登場人物たちがフェリーニの『道』の二人の主人公の姿を仮装する場面があった。それで、アンソニー・クイーンの演じたあの男の名が「ザンパノ」だったことを思い出した。 ザンパノというのは、自分の妻のジェルソミー…

「原民喜の回想」

『死霊』は、ぼくにはつまらない小説だが、埴谷雄高の書いた戦後文学史に関するエッセイのような文章は、本当に面白い。 埴谷は、荒、平野、佐々木、本多、山室、小田切と共に、雑誌『近代文学』の創刊メンバーでもあり、その周囲の文壇の人間模様のようなも…

『いつか王子駅で』

いつか王子駅で (新潮文庫)作者: 堀江敏幸出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2006/08/29メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 40回この商品を含むブログ (164件) を見る 先日書いたように、小説にくわしい友人のすすめで、この本を読んだ。 2001年に単行本と…

子規の看護論

正岡子規が脊髄カリエスのため病床からまったく動けなくなった時期の随筆は、いま岩波文庫でそのすべてを読むことができる。 ぼくはこの一連の文章が昔から好きなのだが、母親の介護をするようになってから、少し別の視点で読めるようになったところがある。…

チャーちゃん

これまで生きてきて自分が一番強い感情表現をしたのはいつだったかと考えてみると、感情表現といっても色々な種類があると思うが、この年になっても自分のなかでずっと同じ自分がわだかまって気持ちがほどかれずにいるような幼児的な自己愛的な感情でなく、…

チェーホフ・誘惑者としての「客」

チェーホフのいわゆる四大戯曲のうちの二つ、「かもめ」と「ワーニャ伯父さん」を読んだ。 かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)作者: チェーホフ,神西清出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1967/09/27メディア: 文庫 クリック: 22回この商品を含むブログ (39件…

チェーホフ雑感

チェーホフの翻訳を、いくつか読んでみて思うこと。

チェーホフと幻想

チェーホフの「中二階のある家」という短編は、神秘的な美しさをもっているが、ちょっと変わった小説でもある。かわいい女・犬を連れた奥さん (新潮文庫)作者: チェーホフ,小笠原豊樹出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1970/11/30メディア: 文庫購入: 3人 クリ…

アリアドナ・その3

このところ二度ほど、チェーホフの短編「アリアドナ」について書いたけど、通俗的だがすごく考えさせる小説だ。 http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20061110/p1 http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20061111/p1

チェーホフの短編から

チェーホフの作品をこれまでちゃんと読んだことがなかったのだが、読んでみるとやはりずいぶん面白い。 19世紀の末頃に、すでにこういうことを書いていた人がいたというのは、驚異というしかない。たいくつな話・浮気な女 (講談社文芸文庫)作者: アントン…

『カンバセイション・ピース』補遺

保坂和志の小説『カンバセイション・ピース』に関することの続き。 この小説では、人間と、家屋という人間や動物たちが暮らす空間(環境)との、分離できないような深い結びつきが書かれている。それは、人間が普段暮らしているなかで経験する、生き物としての…

『カンバセイション・ピース』

カンバセイション・ピース (新潮文庫)作者: 保坂和志出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2006/03/28メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 63回この商品を含むブログ (142件) を見る この小説では、親戚の家だった古い木造家屋で暮らす「私」は、そこで送った自分…

クライストの短編

クライストという作家の作品は、『千のプラトー』のなかで、その有名な戯曲『ペンテジレーア』が論じられているのを読んだときから、ずっと読みたいと思っていた。 敗戦から間もない時期に出版されたこの岩波文庫に収められているのは、表題作をはじめ、この…

『歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族』

ゆうべ、フジテレビの歌番組に中村中という歌手の人が出ていて、岩崎宏美と一緒に『友達の詩』という自作の曲を歌ってるのを聞いた。 すごい歌だと思った。 生きることについて、あれほどの強度に達するのは、ぼくにはとても無理だ。 圧倒された。 フランツ…

「原初的」ということ

はじめに、前回のエントリーのコメント欄で、「一個人が地球全体のことに責任は持てない」というふうに書いた。たしかにそう思うのだが、同時に何かひとつのことぐらいには責任を持ってもいい、むしろ持つべきだろうとも思う。 これは「関心を持つ」というこ…

ドストエフスキー『賭博者』

賭博者 (新潮文庫)作者: ドストエフスキー,原卓也出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1979/02/22メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 18回この商品を含むブログ (59件) を見る久しぶりに読んだが、やっぱり滅茶苦茶に面白い。 結末の「落ち」は、予測できるのだ…

『ブレストの乱暴者』からの引用・クレル

ブレストの乱暴者 (河出文庫)作者: ジャンジュネ,Jean Genet,渋澤龍彦出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2002/12/01メディア: 文庫 クリック: 10回この商品を含むブログ (19件) を見る 二十五歳の肉体から生れた最近のクレル、わたしたち自身の心の暗い…

『ブレストの乱暴者』からの引用・怒り

(前略)いま、彼のすべての怒りは、傷つけ痛めつけられて、ぐにゃぐにゃになり、少年をして、その無残な有様を嘆かしめるほどのものになっていた。怒りに対して依怙地になればなるほど、怒りは溶け、生まぬるくおだやかになり、やがて死に絶えてしまうものら…

島尾敏雄『贋学生』

贋学生 (講談社文芸文庫)作者: 島尾敏雄出版社/メーカー: 講談社発売日: 1990/11/05メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (9件) を見る だが一体木乃伊之吉は何を目的で私たちに近づいたのだろう。 私たちは最初から眠っていたし、木乃は最初か…

『ブレストの乱暴者』からの引用

今回も引用のみ。 ジャン・ジュネ作、澁澤龍彦訳『ブレストの乱暴者』(河出文庫)から。ブレストの乱暴者 (河出文庫)作者: ジャンジュネ,Jean Genet,渋澤龍彦出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2002/12/01メディア: 文庫 クリック: 10回この商品を含むブ…

『泥棒日記』抜粋・皮肉さについて

スティリターノという人間の鋭い性格は、心臓を刺し通す短剣、というイメージにこのうえなく相応しかった。悪魔の力、その我々に対する威力は、悪魔の皮肉さにあるのである。悪魔の魅力は、あるいは、我々に対するその冷淡さにほかならないのではあるまいか…

A・ヒューイット「敵と寝ること」

ファシズムにおける全体主義的欲望が瓦解するのは、それに対立するものの重圧によってではなく、自らが作動させる欲望のメカニズムの重圧によってなのだ。 (p123) アンドリュー・ヒューイットの、ジュネをめぐる秀逸な論考「敵と寝ること」(太田晋訳)…

ジュネ・国家と家族

明日から、小旅行(?)のため、数日更新しません。 阪神ジュべナイルFは、アルーリングボイスは強いだろう、まあ。 やはり河出文庫から出ているジュネの『ブレストの乱暴者』という本を買ったのだが、別に古本屋で珍しい本を見つけたので、先にそちらを読も…

ジュネ『葬儀』

意外と早く読み終わった。 ごく簡単に紹介と感想を書いておきたい。 訳者後記によれば、この小説の原著は、1947年にフランスで非合法出版の形で世に出た。ジュネの長編小説しては第三作にあたる。その後1953年に、ガリマール書店から「ジュネ全集」…

会田綱雄「野州塩ノ湯」

以前、会田綱雄の「伝説」という有名な詩をここで紹介したと思うんだけど、同じ詩人のこの「野州塩ノ湯」という題の詩も、昔から気になっているものだ。 そんなに長くないので、今回も全文書き写してみる。 くらやみのなかで ユン おきろ とわたしはいったが…

『センセイの鞄』その3 謎・孤独

センセイの鞄 (文春文庫)作者: 川上弘美出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2004/09/03メディア: 文庫購入: 6人 クリック: 56回この商品を含むブログ (353件) を見るツキコにとって、センセイの存在は「遠さ」として、言い換えれば安定した距離の不在としてと…

『センセイの鞄』その2 距離

センセイの鞄 (文春文庫)作者: 川上弘美出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2004/09/03メディア: 文庫購入: 6人 クリック: 56回この商品を含むブログ (353件) を見るきのう、この作品のことを長編小説と書いたが、実際には中篇ぐらいの分量だ。これを「長編」…

『センセイの鞄』その1 攻撃性

センセイの鞄 (文春文庫)作者: 川上弘美出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2004/09/03メディア: 文庫購入: 6人 クリック: 56回この商品を含むブログ (353件) を見るこの作品は世に出た当初、そうとう話題になったと思うが、今回はじめて読んだ。 三十代後半…