『永遠の夫』

永遠の夫 (新潮文庫)

永遠の夫 (新潮文庫)

読んでてすごく退屈だったのだが、いつもの悪癖で中途でやめることができず、だらだらと最後まで読んでしまった。
特別すぐれた小説ではないが、一行一行をしっかり書いてあると感じた(一応読み切ったのでこう言える)。
さすがである。
一番気に入ったのは、小説の中ほどにでてくる次の一節だった。前半の筋を簡単に紹介して、最後にそのところを書き写す。


主人公ヴェリチャーニノフは、ある頃から帽子に喪章をつけたどこかで見覚えのありそうな男の存在が気になってしかたなくなる。誰だったのかがどうしても思い出せないこの人物は、まるでなにかの徴候のように、ヴェリチャーニノフの行く先々に姿を現して彼を見つめている(ように思われる)のである。
やがて、この男の方からヴェリチャーニノフの家に訪ねてきて、誰であったのかが明らかとなる。それはトルソーツキーという男で、かつてヴェリチャーニノフはこの男の妻と不倫の関係にあったのである。トルソーツキーは、その妻が最近亡くなったことを告げるのだが、ヴェリチャーニノフにはトルソーツキーがかつての関係に気づいているのかどうかが判断できない。
ところで、トルソーツキーにはリーザという幼い娘がいるのだが、じつはそれが自分の娘であるという事実に気づいたヴェリチャーニノフは、彼女に精神的な虐待を加えているらしい父親のもとから、強引にリーザを引き取り、面倒をみようとする。ところが、引き取られてすぐにリーザは病気にかかり、(ここが大事な点だと思うのだが)内気で気位の高い性格のため最後までヴェリチャーニノフに心を開かないまま(そして、実の父親であることも知らぬまま)急逝する。
しばらくの間、ヴェリチャーニノフは『ちらりと姿を見せてくれた人生の目的のすべてが、突然、永遠の闇の中で輝きを失ってしま』ったように感じて、かなしみにくれているが、ある日自分でもそれと気付かぬままリーザの墓のある場所に迷い込む。
そして、次のような気持ちになる。

ほんとうに久しぶりのことで、初めてといおうか、何か希望というべきものが彼の気持ちをさわやかにしてくれた。《何て気が楽なんだろう》とこの墓地の静けさを身にしみて感じて、明るくひっそりした空を眺めながら考えた。何ものかに対する清純な、平穏な信念の流れといったものが、その心を充たしたのだった。《これはリーザが送ってくれたものなのだ。彼女がおれと話しているのだ》と彼には思えた。(p171)