『どうぶつ奇想天外!』

日曜夜のTBSの番組、『どうぶつ奇想天外!』。
この番組は、はじまって15年になるそうで、そして今月いっぱいで終了するようである。
ぼくはこれまで一度も、ちゃんと見たことがなかったのだが、きのう偶然、わりあいじっくり見ることになった。


番組の最後のパートで、セラピードッグといって、老人や心に傷を負った人たちを精神的に癒す目的で育成された犬たちの話題がとりあげられた。
有名なブルース歌手の大木トオルさんが、その犬たちを育成したり派遣する協会の代表をやっているそうだ。
とても印象深かったことは、大木さんはこの犬たちを、施設に入れられて殺処分されることが決まった犬たちのなかから選んでくることに決めているのだが、その処分されていく犬たちが入れられている施設の様子だった。
飼い主に捨てられたりして捕まり、この場所で五日間の間に引き取り手が現れないと、処分されるのだという。犬たちは、人間に恐怖感をもって怯えきってるのと、自分の運命をはっきり自覚して絶望のどん底に居る眼をしている。
その様子が映し出され、こうやって殺されてしまう犬は、日本中で年間に35万頭も居る、というナレーションが入った。
動物をテーマにした娯楽番組とは思えない、重い内容だった。


一連の映像の後、こうした施設に行った経験のある若いタレントの、(犬を捨てる人への)怒りのこもったコメントが流され、司会のみのもんたが、「今の社会は、人間と動物(ペットなど)との関わりを見直さなくてはいけないところまで来ている」と簡潔に述べて、番組が終わった。


ぼくはこれまで見たことがなかったので知らないが、この番組はいつもこういうテーマをとりあげてきたのだろうか?
それならすごいと思うし、番組がもう終わるから、最後にこういうテーマをとりあげようということなら、それでも意味のあることだ。
みのもんたの最後のセリフも、(いつものような上から目線的な口ぶりで)大枠のことしか言っていないとはいえ、立派な発言(台本どおりかも知れないが、嫌ならその通りに言ってないだろう)であると思った。
要するに、ペットブームとか、今の社会のあり方に、この番組なりの立場から、ひとつの批判を加えている。


そう思ってふり返ってみると、この日の番組の他のパートの話題、オリノコの大きなワニの話とか、愛媛県の動物園の話題とかであったが、おおむねバラエティーとかネイチャーリング的な作りのなかに、世間の安易な風潮に対する批判的な目線を入れている箇所があったと思う。
思うに、恐らくこの番組を作ってる人たちは、長年動物と人間の話題に取り組んでる中で、色々真剣な思いを持つようになったのだろう。それは、企業としてのさまざまな制約の中で、表立っては強調できないけど、その枠の中で何かを伝えていきたい、と思っているスタッフが居るということではないか。


たんなる「ペッブームト礼賛」みたいな番組だろうと思って、15年間見ることがなかったが、見てみるととても味わい深い番組である、という印象をもった。
比べるのもなんだが、ぼくがよく見るNHKのネイチャーリング的な動物(教養)番組よりも、社会の風潮と人間の考えへの批判(ということは、それを作り出してきただろう自分たちへの自己批判でもある)という点で、この番組の方が、ずっと優れてるのではないかと思った。
つまりは、作り手の「顔」と良心のようなものが見える番組だ、と感じたのである。