伊藤仁斎・「仁を好む」と「不仁をにくむ」

江戸前期の儒者伊藤仁斎は、ぼくがもっとも好きな思想家の一人だ。
この時代の日本の思想については、この後の封建的な社会の秩序や制度を準備したという側面だけから見られがちだが、むしろこれ以前の数百年がどういう時代だったかをよく考えてみるべきだと思う。
伊藤仁斎の思想は(孔子のそれと同様に)、偉大な「傷の思想」なのだ。


貝塚茂樹責任編集による『論語古義』現代語訳巻の二から。
これは『論語』里仁篇のなかの『子の曰わく、我未だ仁を好む者の、不仁を悪む者を見ず。仁を好む者は、以ってこれに尚(くわう)ることなし。不仁を悪む者は、それ仁たり。不仁なる者をしてその身に加えしめず。』という難解な言葉についての解説として、書かれた文の一節である。

仁を好む人は徳の最高である。不仁をにくむ人は、やらないところがあるのだ。仁を好む人は、他人の不善をみると、これをかわいそうに思い、自分もこの人といっしょに善に入ろうとする。不仁をにくむ人が人の不善をみるのは、鷹や隼が小鳥や雀を攻撃するように、猛烈に不仁を排撃する。この二種類の人の間にはひじょうな差等があり、どちらも出来上がった徳といえばまちがう。(以下略)