『親切なクムジャさん』

http://www.kumuja-san.jp/
この映画は、心臓の弱い人や、とくに小さな子どもさんのいる方は見に行かない方がいいです。


世界的にも評価の高いパク・チャヌク監督の大ヒット作だが、出来はよくない。秀作『JSA』はもとより、同監督の「復讐三部作」の前作にあたる『オールド・ボーイ』と比べてもあきらかに見劣る。
主演は『JSA』でこの監督と組んだ韓国の大スター、イ・ヨンエ。共演に『オールド・ボーイ』の熱演も記憶に新しいチェ・ミンシク。この人の存在感がなかったら、本当の失敗作に終わっていたかもしれない。
それと、やはりこれらの映画に出演していたソン・ガンホやユ・ジテが本当に小さな、あるいはワンカットだけの役で登場するのにも驚かされる(特に、ソン・ガンホは人違いかと思った)。


子どもを誘拐して殺したことを自供し、刑務所で13年の刑に服したクムジャという女性(イ・ヨンエ)。刑務所のなかではその善良な人柄を多くの受刑者や関係者から愛され、「親切なクムジャさん」と呼ばれていたが、彼女の内心には自分を罪に追いやった男への復讐の意志が秘められていた。
クムジャは、その善良そうな人柄で周りの人々を次々と味方に引き入れ、かつて自分に誘拐殺人の片棒を担がせたうえ、娘を人質にとって罪をかぶることを強いた悪魔のような男(チェ・ミンシク)への復讐の罠を完成させていく。
そのとき男の手に奪われたクムジャの娘は、海外養子に出されて今はオーストラリアで暮らしている。刑務所を出たクムジャは、この子に会いに行き、ソウルに一時的に連れ帰ることになる。
このくだりは、韓国には国際養子縁組制度というものが国の政策としてあり、60年代から約二十万人の子どもたちが海外に引き取られて育てられてきたという事情を知っていると、いくらか意味合いが違って見えるかもしれない。
異郷の地で育った娘が英語しか話せないため、親子のコミュニケーションは英語でとられることになるが、この設定が、あとあと非常に効果をあげることになる。また、チェ・ミンシク演じる男の職業が、いまの韓国の英語教育ブームを反映して英語塾の教師であるという設定も、この効果に関係することになる。


実際、この映画は「復讐」とか「贖罪」といったことをテーマにしたものとして見るよりも、「言語」をテーマにした作品として見たほうがいいぐらいだ。
限界状況に立たされた母と娘が、憎しみの対象であるチェ・ミンシクの通訳を介して英語で意志を伝えあい、その朝鮮語の意味がハングルの字幕で表示されるシーンは、この映画でもっとも成功していると思われる箇所である。
もう一点、多くの韓国映画に特徴的な、幻想的なシーンの突然の挿入ということがこの映画にもあるのだが、特に誘拐事件で殺された子どもが登場するいくつかの場面などでは、この手法が非常に強い効果をあげていた。これも賞賛するべきものだろう。


映画は、後半ではチェ・ミンシクの想像を越える悪行ぶりが明らかとなり、別の人々を巻き込んだどぎつく救いのない復讐の物語へと変質していく。
娘に、男に復讐をする理由、男が贖罪をせねばならぬ理由を聞かれて、「私を罪人にしたからだ」とクムジャが答える印象的なやりとりの箇所とは、何か違うところに行為が進んでしまう。
たぶんこのあたりに監督が伝えかったものがあると思うのだが、表現のやや空回り気味なドギツサに押されて、そこがよく伝わってこなかった。
甘美な音楽のように、クムジャが作るケーキの映像のように、後味の悪い甘さばかりが心に残ることになった。