ミリオンダラー・ベイビー

クリント・イーストウッド監督・主演によるアカデミー賞受賞作『ミリオンダラー・ベイビー』を見た。
素晴らしい作品だった。完成度という点では、イーストウッドのこれまでの作品のなかでも一番かもしれない。とことん地味な話なのに、映画好きとかイーストウッドファンだけではなく、あらゆる観客を引き込んで結末まで見せてしまう。
これまでのイーストウッドの映画には、たしかに傑作ぞろいなのだが、ある種の分裂みたいなものがあったと思う。マニアックなファンや映画好きには高く評価されるが一般受けしない、逆に観客動員の多い映画ではこの作家らしさが今ひとつ出ない、というところがあった。この作品はそういう気難しさがなく、完成されているのだ。この点が、これまでの彼の映画とはずいぶん違う。
ただ、内容はあまりにも重く、辛い。真実を描いた、ということだろうが、この内容を娯楽映画でやってしまうとは。


この作品は、いくらなんでもネタバレにするわけにいかないので、ストーリーにはあまり触れないでおく。
俳優では、モーガン・フリーマンの演技がとりわけ素晴らしいと思った。『ボーイズ・ドント・クライ』で性同一性障害の役どころを好演していたヒラリー・スワンクも、体つきをすっかり変えてしまう渾身の役作りをしていた。


見ていていくつか分からない点があったのだが、特にアイリッシュのことと、ゲ―ル語という言語について。主人公の女性はフィッツジェラルドという姓でアイルランド系らしいのだが、やはりアイルランド系らしいイーストウッド演じる老トレーナーが使うゲ―ル語(アイルランドの言葉)がまったく理解できないらしいことが、ちょっと不思議だった。
その事情を、こちらのサイトを読んで知ることができた。
http://eisei.livedoor.biz/archives/12360806.html

これを読むと、この映画の大きなテーマのひとつが「アイリッシュ」の存在だったことがわかる。主人公に老トレーナーが与えるリングネームの意味に含まれた「血」という言葉にも、家族的な意味を越えた民族的みたいな意味があったのかも。
こういうところは、やっぱりイーストウッドの映画だ。


またボクシング映画としても、ぼくは第一級のものではないかと思う。素人にもボクシングという競技のことが分かりやすく描かれていた。それについては、こちらのサイトの記事を読むとよく分かる。
http://yaplog.jp/remeber_t/archive/9

ボクシングに関して色々格言が出てくるのだが、ぼくが一番印象的だったのは、「一歩引いて打ったパンチが一番効く」というもの。


それだけでなく、この映画は、人が生きることの尊厳、また闘うという意味での生きるということについて、本質的なことを考えさせられる。その問いかけがあまりにも重いのだ。ぼくには重かった。
だがこれは、今日の世界では、誰にとっても差し迫った問いだろう。その問いに、この作品でイーストウッド自身は、ひとつの答えを毅然として示している。その姿に、もっとも心を打たれるのだ。
これは、死ぬまで忘れられない映画のひとつかもしれない。