詩『伝説』のこと

最初に、きのう引用した武田泰淳の文章だが、やはりエッセイ「滅亡について」の一節だった。最近、岩波文庫から、このエッセイを表題作とするこの作家の評論(エッセイ)集が復刻で出たのだが、新書サイズの「ちくま日本文学全集」の「武田泰淳」の巻でも、この作品を読むことができる。
今日、本屋で見つけたので、おもわず買ってしまった。
この本のなかには、『司馬遷は生き恥さらした男である。』という有名な書き出しではじまる「司馬遷伝」や、「ひかりごけ」などの小説も収められている。一番分量の長いのが、「秋風秋雨人を愁殺す」という作品で、これは中国の革命家の女性、秋瑾という人の生涯に取材した小説だったとおもうが、若い頃東京にいたときにこの単行本を古本屋で買ったのだがほとんど読まないで手放してしまった。当時は、魯迅のこともよく知らなかった。今回は、ちゃんと読んでみようとおもう。


武田泰淳は、学生時代から中国文学に親しみ、二十代のはじめ頃に「中国文学研究会」というものを親友の竹内好などと立ち上げたようだ。しかしその直後、召集されてほかならぬその中国に兵隊として赴くことになる。この体験の重さが、この人の文学と思想の世界に決定的な影響を与えたのではないかとおもう。この事情は、竹内好も同じだろう。


もう一人、会田綱雄という詩人がいるが、この人も中国大陸で同じような経験をしたようで、戦後そのことを何度か書いている。それによると、会田は昭和15年ごろ、南京特務機関という軍直属の組織にいたそうで、例の南京の大虐殺を経験したという先輩たちの話を、そこでよく聞かされたらしい。
このとき、蟹は死肉を食べるので、戦争があった年にとれた蟹はたいへんおいしいという俗説が中国にあることを、上官たちから聞かされたと、会田は書いている。

だから中国人は、戦争中は、よほどのことがなければカニを食わなかったのではないかとおもう。私のつきあった中国人で、私の目の前でカニを食べた中国人はひとりもいない。

こう書かれている会田のエッセイ「一つの体験として」(思潮社現代詩文庫 『会田綱雄詩集』所収)は、重いだけの話ではなく、叙情的な追想の文章としても秀逸だ。豊島与志雄などとの蟹と酒がかかわる上海での交友が、甘美な懐かしさをこめて印象深く語られている。
しかし、それだけに上に書いたような一節が忘れがたく心に残るのだ。


中国に居た頃、会田は「路易士」という変わった名前の、若い中国の詩人と親友になる。

私はこの路易士とも親しくなったが、池田君が紹介してくれたのだと思う。路易士とは、この詩に出てくる馬上候でも飲み、別の所でも時々飲んだ。一つ忘れられない思い出がある。五馬路の料亭で、路易士と、彼の弟の路邁と、私の三人で花彫を飲みながらおしゃべりしていたとき、うっかりカニを注文してしまった。そのカニをボーイが持ってきたとたんに、路易士の目が少し険しくなって、自分はいやだ、カニは食わない、とはっきり言いました。私はハッと思ったが、しらぱっくれて、「なぜ?」と聞いてみました。ぼくはカニが子どもの時分から嫌いなんだ、見るのも嫌いなんだ、と彼は説明したが、私は路易士がカニを食べなかったのは、カニの格好のこともあったかもしれないが、日本人と一緒に、日本人に殺された同胞の肉あるいは血の変化した何かを食べておいしくなっているといわれるカニを食べるのを、潔しとしなかったのだろうと思う。そのことも私には忘れられない思い出になった。南京で聞いた一つの口承、戦争の年のカニはおいしいという口承、それから私と仲のよかった路易士が、カニだけは一緒に食べなかった。食べなかったのは当然だと思うが、私が見聞したその二つの事実が私の記憶から消えずに、何かそのことを書き残しておきたいという気持ちがつよくなった。

この個人的な体験と思いが、後年、会田の代表作『伝説』に結実する。それは、戦争中に日本軍に殺されて死んでいった中国の多くの民衆や、路易士のような人々に対する自分なりの「鎮魂歌」であり、『その人たちが私に落としていった大きな影、深いうらみ、不思議ななつかしさ』の表現でもあったと会田は書いている。


ここで語られている感情は、「倫理」とか「罪責感」とか「歴史意識」といった特別なものではないだろう。広やかで繊細な人間らしい情が、自分が身近に接した他国の友人たちとの交流を契機にして、自然に湧き出したものであろうとおもう。眼前の友人の表情や態度の変化に触れて、おのずから想像力が働き、自分と友とのかけがえのない距離が見つめられ、感情とともにさまざまな出来事に対する思いが深まっていく。
「惻隠の情は仁の端なり」とは、こういうことをいうんだろう。
いまの世の中で、こういう人間らしい「情」を持ちつづけることは、きっと簡単なことではないが、それが本来ぼくたちにとってありふれたものであることは、わすれたくない。
そして、この「ありふれた」人間らしい情が、同じ共同体に属するもの同士の関係においてではなく、戦時下での中国の人たちとの交流を通してこそあふれ出たという事実も、おおくのことを語っているとおもう。

『伝説』


湖から
蟹が這いあがってくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の石ころだらけの道に立つ


蟹を食うひともあるのだ


縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を掻きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる


ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ


くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだった


わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそったちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように


それはわたくしたちのねがいである


こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかるく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう

会田綱雄詩集 (現代詩文庫 第 160)

会田綱雄詩集 (現代詩文庫 第 160)

 
武田泰淳 (ちくま日本文学全集)

武田泰淳 (ちくま日本文学全集)