映画『飯舘村 べこやの母ちゃん』

十三のシアターセブンで、古居みずえ監督の『飯舘村 べこやの母ちゃんーそれぞれの選択』を見た。また、上映終了後に監督の舞台挨拶があり、こちらもとても良かった。
映画は、飯舘村に暮らしてきた三人の「母ちゃんたち」の原発事故以後の姿に寄り添って撮られたもの。古居さんと被写体になった人たちとの距離感がよく伝わってくる、すぐれた内容だった。
挨拶でも言っておられたが、古居さんが飯舘村の人たちの置かれた状況に、パレスチナの人たちの境遇を重ねていることは、映画の冒頭のシーンからはっきり伝わってくる気がした。花々が咲き乱れる飯舘の谷間の春の景色と、その土地が敗戦直後、満蒙開拓から帰国した人々によって切り拓かれた農地だったという歴史の解説。原発事故の被害と、その後の国の切り捨て的な政策は、またしてもこの土地の人たちを襲ったのである。
古居さんの映画の特徴は、日常に持続するものとしての「時間」を丁寧に撮っていることではないかと思うのだが、その持続によって、歴史の中の出来事も呼び起こされてくるのだ。

タイトルに「べこや」とあるように、今回は畜産を営んでいる家族の話である。古居監督のお話では、村でも男性は他の仕事(公務員やドライバーなど)との兼業になることが多く、畜産と言っても日々の動物の世話は、もっぱら女性の仕事ということになるらしい。生命に直接かかわる仕事を中心的に担っているのは、ここでも女性たちで、(コロナ禍でもそうだったように)、社会的な危機の際には、そういう生命や身体に密着した被差別的な場所・職業が、最も負担や危険にさらされ、かつ切り捨てられるようなことになる。
原田公子さんという「母ちゃん」は、子どもの頃からひときわ動物好きな人だそうだが、虚弱な動物に特に心を引かれるのだという。その人が子牛たちにミルクを飲ませながら言った「一番弱い者に合わせないと、生きられるものも生きられなくなる」という言葉が、印象深かった。

また、長谷川花子さんという人は、長谷川健一さんの妻であり、映画では健一さんの普段の様子や、甲状腺がんで亡くなる前後のことも詳しく描かれているのだが、ただ、活動家としての健一さんの姿はほとんど全く出てこず、あくまで「花子さんのよき父ちゃん」という描かれ方であった。よく知らない人は、ごく普通の畜産農家のおじさんだと思うだろうが、ある意味では、その姿こそが本人も最も望んでいたことだったろうと思う。それを全て奪ったのが、原発事故だ。こういう描き方をする古居監督の作風の徹底ぶりには、凄味さえ感じた。

https://iitate-bekoya.com/