『二つの同時代史』(読み始め)

二つの同時代史 (岩波現代文庫)

二つの同時代史 (岩波現代文庫)


古本屋で、岩波現代文庫から出ている大岡昇平埴谷雄高の対談『二つの同時代史』という本を買い、分厚い本なので少しずつ読んでいる(まだ3・15共産党大弾圧も起きてないのだが、これで本当に連合赤軍事件までたどり着くのだろうか?)。
まだはじめの方だが、色々と面白いことが書いてある。
埴谷の父は、島尾敏雄の父と同郷で、福島の相馬藩士の息子だったが、零落して台湾に渡り、台湾製糖という会社の社員になる。埴谷自身は、台湾で生まれ育った。ここまでは知っていた(台湾製糖は国策企業で、三井・三菱・天皇家が大株主。後に沖縄製糖を合併して巨大化したと、ジョージ・H・カーの『沖縄―海人の歴史』に書いてあった)。
埴谷はこの地で、植民地である台湾の人たちに対する日本人の差別の酷さを痛感し、すっかり「日本人嫌い」になったと語っている(後年になってから、どの帝国主義国家も植民地では同様に振る舞っていることを知るが、こちらが原体験だった)。
興味深いのは、サルを猟銃で撃って、みんなで食べていたという思い出話。竜眼肉という果物があって、その実が成ると、サルがそれを食べて太るらしい。その時期の肉が、とても美味しいとのこと。台湾人のクーリーを連れて狩猟に行き、味噌煮にして、工場の人たちみんなで分けて食べたと書いてある。
この埴谷の話を聞いて、『野火』の作者はさすがにたじろいでいるみたいだった。


大岡と埴谷は、同じ年らしいのだが(花田清輝も同年とのこと)、前者は左翼・政治運動には関係せず、『文学界』から、戦後も反左翼的な感じがあった。一方の埴谷は、アナーキズムマルクス主義に関わり、獄中生活を送ったり、高齢になってから(70年前後)も左翼運動との関わりがあった。
だが、意外にも、この一見対照的な二人の生き方の背景に、若い頃に経験した関東大震災以後のニヒリズム的な社会の雰囲気がある、という共通項が語られる。
大岡の場合、彼が政治に関わらず、個人主義や芸術主義の方に向かった契機は、震災の時の大杉栄伊藤野枝、そして特に子ども(大杉の甥だったか)の虐殺という出来事、そして、それを指揮した甘粕大尉に対する処分があまりに甘かったのを見て、国家権力はとてつもなく巨大であることを実感し、政治的なことから身を引いてしまったということらしい(一方、朝鮮人虐殺については、ニュアンスがだいぶ違う)。
これも、ある意味の政治的・社会的ニヒリズム(無力感)のあらわれといえるのではないか。谷崎潤一郎などを読んでも、こういう気分は当時、支配的だった気がする。
一方の埴谷だが、マルクス主義者として弾圧を受けることになるが、自分は元々はアナーキストだということを強調する。日大に入ったばかりの18歳の時に、アナーキズムの戯曲を書こうとして、石川三四郎のところにアドバイスを受けに行ったりしたそうだ。
それが、レーニンの『国家と革命』を読んで、革命政府を作るのは国家を廃絶するための過渡的な手段にすぎず、革命が成功したらすぐに国家を廃絶するのだというレーニンの説明を真に受けて、マルクス主義者に「転向」してしまった。しかし、戦後、結局は元のアナーキズムの立場に戻った、という説明だ。
そして、そもそもなぜアナーキストになったかということだが、埴谷は、自分の場合もやはりニヒリズム、ただし、能動的・破壊的なニヒリズムの表れがアナーキズムだったのだという。
だから、埴谷の左翼思想というのは、もともとシュティルナー(スティルネル)的な個人主義の徹底化みたいなもので、その点では大岡の個人主義と、きわめて近いのだ、という話になっている。
僕は、シュティルナーという名前は、柄谷行人の本でしか知らないのだが、この時代の若い日本の左翼も影響を受けてたんだなあ、と思った。


そして、埴谷と大岡が、もっと少年時代の話で、白井喬二とか国枝史郎とか中里介山とか、魅力的な大衆小説の書き手たちの話が出てくる。この辺に対する傾倒は、やはり花田清輝などにも共通するところだ。
小栗虫太郎夢野久作にもつながる、その着想の奇抜さを称賛して、『死霊』の作者は次のように言う。

だから、おれみたいな物書きが出てきてもひとつも不思議じゃないんだ。日本にも変わったのがうんと出てきているんだよ。ずっと以前からね。おれの書く物が難解だというけど、よくみれば必ずしも難解じゃないよ。昔から、いろんなのが出ているんだもの。(p49)

ここを読んで、たしかに日本の大衆的な読み物や語り物は魅力的だが、その魅力の重要な部分は、手の付けられないような残忍さや暴力性を特色にしているのではないかと思った。
それが、必ずしも権力者だけでなく、民衆の情動の中に刻み込まれているところに、日本という国と文化の、特徴の一つがあるのではないか。
日本における政治的ニヒリズムや、アナーキズム、政治的暴力の問題も、そのことと切り離しては語れないように思う。