人権軽視が当たり前の国

きのうのお昼のテレ朝の番組で、東京の入管の収容施設を取材して紹介していた。


これは不法滞在で拘束された人が、強制送還までの数日間を過ごす所らしい。
刑務所とは違って、入ってる人たちは、テレビを見たり、喫煙が認められたり、一定の自由が与えられていることなどが描かれ、全体として「これだけ人道的に扱ってます」ということを強調するような内容になってたと思う(きっと、そうでなかったら、取材・放映できなかっただろう、と思った。)。


印象的だったのは、係官の人がインタビューに答えて、「犯罪者ということではなく、送還までの身柄を預かってるだけなので、こういう取り扱いをせざるを得ない」ということを遠慮がちに言ってたこと。
「なんで、こういう手厚い扱いをするんだ!」という非難が視聴者(世間)から寄せられることを心配してるらしい口ぶりだったが、おかしな話だ。


そもそも刑務所の囚人でも、基本的人権というのはあるのだから、それが保障するかぎりの処遇を受けるのが当たり前なのに、それが当たり前でない人が社会のなかに存在することが当たり前、というふうに思ってる人が多い、コンセンサスになってるということじゃないか。
「外国人=犯罪予備軍」と言わんばかりの最近のプロパガンダはまったくひどいが、それ以前に「犯罪者=人権の外の存在」という風に、基本的人権に暗黙に例外を認めてしまってる、社会のあり方、みんなの心のあり方が問題なのだ。


派遣村の炊き出しの列に野宿者が並んでるのを見て、「許せない」と怒るのと同様の心理だ。


番組の中では、宗教やアレルギーを考慮して食べ物が細かく分けられてることが(配慮の例として)紹介されていたが、もしかすると、刑務所に入ってる人には、そういう配慮も一切されてないということなのか、と思った。
もしそうなら、それの方がよほど異様なことではないか?
強制収容所じゃあるまいし。
こうした最低限の配慮を受ける権利は、法による処罰の次元とは別に、全ての人にあると、みなが普通に考える社会を、人権の尊重されてる社会、というのじゃないのか。
それが出来てないから、色んなところで人権侵害のようなことが後を絶たないのだ。


それから、やはり係官の人の「個人的には事情が理解できるケースもあるが、そういった心情を表に出すわけにはいかないので」という葛藤のようなものも紹介されていて、これは個人の内面を描くという意味では、まあ意味はあるかも知れないけど、入国管理の制度の全体がひどいのに、それを不問にして、そういう個人の良心みたいなことだけ描くのは、まったくおかしい、とも思った。


こうした施設はもちろんのこと、たとえ刑務所のような場所であっても、人権は守られるべきであると、皆が思うような社会であるべきだ。