NNNドキュメント'08「兵士たちが記録した 南京大虐殺」

こちらでも言及されているが、ちょっと内容を要約することも出来ないほど、すごい番組だった。
一点に関してのみ感想を書いておきたい。



この虐殺に関わった人たちの証言映像を見ながら、自分がこうした虐殺を実行することになった場合を想像し、その後どう生きるかということを考えてみた。
兵士として召集され、虐殺行為を命じられた場合、それを拒めるという断言はぼくには出来ない。
明白な虐殺と、戦闘のなかで敵兵を撃ったり、大都市に爆弾を投下したりといった行動がどう違うのか、よく分からないが、ここではそれは考えない。
むしろ気になるのは、たとえばこの番組で語られていたような捕虜の虐殺という行為が、兵士自身にとって、命令による強制なのか、自分の決断による行動なのか、ということである。


「軍隊に入ったら、あるいは戦場に立ったら、命令に背くことなど不可能だ」という言い分もあるが、それに背くことは、原理的には可能である。
だから、洗脳でもされているのでない限り(そう言われる場合もあるが)、命令に従うということ自体が、一個の主体的責任による行動である、と考えるのが、たぶん妥当だろう。
だから、ある兵士による、このような虐殺行為への加担は、強制によるものではなく、主体的行動である、と考えられる。
これは、法的問題ではなく、倫理的に、そうとしか言えないだろう、ということである。
だが、日本の社会では、あまりそのようには問われない。


それは、社会の通念として、兵士による虐殺への加担は命令によって強制されたやむをえないものだった、というふうにされてるからだろう。
ここでは、戦場における自由意思や主体的決断といったものは、可能な限り低く見積もられていて、というか、そもそも不可能に違いないものみたいに見なされており、そのことが暗黙の前提にされてるみたいである。


ところが、兵士でなく、民間人の場合には、この前提はまったくあてはまらないらしい。
戦場における民間人の「自決」は、強制によるものではありえず、自由意思によるものに違いないと言われるのだ。
これは、おかしい。
これが、思うことのひとつである。


そして、ともかくそのような虐殺行為を、私は行ってしまったとしよう。
法の体系のなかでは、そのことは罰せられないことだったとする。
すると、私はそれでも生きていかざるをえないから、長い年月を、この虐殺の記憶とともに生きるだろう。
「戦争だったから、やむをえなかったのだ」と自分に言い聞かせるだろうことは、当然想像できるが、それでも、どうにも癒されない重いものが、心のなかに残り続けるのではないかと思う。
忘れていて、あるときなにかの拍子に思い出され、ということもあるかも知れない。


では、この心のなかの重いものから、私が解放される道は、どういうものだろうか。
そのはじめの一歩は、自分が関与したその出来事を、自分なりに言葉にして、誰かに語る、ということではないかと思う。
それで救われるのか、そこからのプロセスが必要なのか分からないが、ともかく、「語る」という作業は、本人にとってとても重要で有効な方法だと思う。
無論、そのひとつの理由は、そのことが他者との「和解」を可能にする社会的な意味をもちうるからであるが。


ところが、日本の社会や世間・集団といったものは、そのほとんど唯一とも思える救いの始まりの方法を、この人たちから奪ってきた。
それは、この人たち自身にとっても、抑圧的なことだった。
そう言えるのでないかと思う。


無論、その抑圧が、この事柄の核心ではないのだが、虐殺やその隠蔽(否認)という中心的な悪からの波及として、そのような抑圧による加害者本人の生の二次的な破壊という事が、生じたと言えると思う。