『光州の五月』

光州事件に深い関わりをもつ人物でもある作家の手になるこの小説は、たんに歴史の事実に材をとったというだけのものではなく、社会や個人にとっての「暴力」という複雑で壮大な主題に肉薄した文学作品になっている。

光州の五月

光州の五月



80年5月に起きたいわゆる光州事件は、民主化運動史上に重大な意義をもつ出来事として、現在では韓国の正史の一部のようになっており、(全斗煥によって投入された)国軍による虐殺に抵抗して亡くなった多くの市民・学生は、国立墓地に葬られ、毎年大統領が出席して記念式典が行われるまでになっている。

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008051800091&genre=E1&area=Z10


だが、光州事件が国家の歴史、民主化運動の歴史のなかで、いわば名誉回復され、称揚すべき出来事として位置づけられていく過程は、同時にこの出来事の意味と(とりわけ個人にとっての)事実性とが、名目上の「和解」を通して国家の論理のなかに回収され、忘却・抑圧されていく過程でもあった。


この小説では、80年の虐殺と抵抗の状況が詳細に描かれると共に、光州事件の首謀者といえる全斗煥らの特赦を各候補が提起したことが論議の的となった97年の大統領選挙時の韓国が、物語の舞台となっている。
そこでは、巨大な暴力が個々の人生に癒えがたい傷跡を残したことばかりでなく、その出来事の解決が曖昧にしかなされなかったことにより、その被害者たちの残りの人生のあり方が恐ろしく限定されたものになっていくという二重の悲劇、二重の暴力が、残酷なほど繊細に描写されているのである。








主人公は、光州事件当時、予備校に通う若者であり、政治や社会の情勢に特別な関心を持ってはいなかった。
だが、光州に派遣された軍の部隊が、学生や市民に暴虐の限りを尽くすのを目にし、また親しい女性が兵士にレイプされるに及んで、激しい怒りと憎悪を抱き、やがて市民たちが武器倉庫の兵器を奪って放棄した「市民軍」の一員となって抵抗に加わるに至る。
この、怒りや憎悪の感情によって満たされた暴力の内面の叙述は、強烈である。
たとえば、事件の初めの頃、主人公は、襲ってくる兵士を銃剣で刺し殺そうとする。その直後の心理の叙述。

手にはついさっき攻守隊員のあばら骨に当たった剣先の感触が蘇り、二度刺しの時私を射た彼の目が拡大鏡のように迫ってきた。一度目は慌てたのと体勢が不自然だったので、まともに突き刺さらなかったが、二度目は違った。姿勢を整え銃剣を構えたのだ。だが彼の目が、君が刺せば俺はお終いだと怯え、さっきは僕だって充分に君を刺せたけれど、刺さなかったじゃないかと抗議し、私を鋭く睨んだ。瞬間ではあったが、そのような怯えと抗議がはっきりと読みとれ私はたじろいだ。(p114


また主人公は、山の中で銃を構えていて、目の前をよぎった人影が兵士ではなく女性だと直感していながら、なぜか引き金を引いて撃ってしまう。
その自分の行為と結果に対する衝撃のため、後に兵役にとられてからも、射撃訓練で引き金をどうしても引けなくなってしまう。


要するに、軍の侵攻(光州事件の発生)という形で襲いかかってきた巨大な暴力が、主人公の内部に否応のない形で暴力性を生じさせ、それが銃剣や銃、またナイフといった具体的な武器の形態を得ることで、主人公自身が制御できないまでに膨張していくということ、それがもたらす深い内面的な傷というものに、作家の関心が向けられているわけである。
たぶん、この小説が最も優れている点のひとつは、正義の暴力や不可避の暴力といえども、暴力はやはり暴力であり、しかしそうした暴力よりも巨大で醜悪な暴力の方こそ真に断罪されるべきであるという真実を、克明に描いていることだ。





そして、光州の抗争の大詰め、道庁に立てこもった市民軍たちは、国軍と最後まで戦って死ぬことを、全員覚悟したかに見える。
このくだりまでは、先日見た映画『光州5・18』でも描かれた、英雄的な光景といえる。
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20081112/p1
だが、実際に戦闘が始まると、強力なM16銃で武装した国軍の圧倒的な火力の前に、その勇気がたちまち消失してしまうという事実を、作家は冷酷に描写する。

私らは下水溝に入り、その中でぶるぶる怯えていた。みな、魂が抜けた亡骸だ。今しがた、死を覚悟し意気揚々とあれほど逞しく構えていた己が、これ程までも腰抜けになるのが俄かに信じられなかった。M16の銃声に度肝を抜かれたようだ。武器の優劣が人間をこうまでダメにしてしまうのか?私は自分たちの惨めな姿を眺め、わなわな震えるだけだった。(p150)


武器の優劣が人間をダメにするということは、また武器の優劣が人間を途方もなく強大にも残酷にもするということであり、それはいずれにせよ武器による人間及び人間性の支配と破壊が容易に行われる、という以外の認識ではないだろう。


ところでこうした認識は、光州事件の全容についての、主人公の次のような(後年の)理解にもつながる考えだといえる。

全斗煥らはまず、軍人の人格を破壊し、そして光州の人々の肉体を破壊したのだ。(中略) 全斗煥らは攻守団員の人格をこのように破壊してケダモノにし、光州市民の肉体を破壊したのだ。私たちは攻守団も全斗煥らと同じように憎悪するが、実は彼らも人格を破壊された単純な道具に過ぎなかったのだ。彼らを憎悪するのは光州市民を撃った銃や、市民を捕まえ乗せて走った自動車などの道具を憎悪するのと同じことなのだ。この点をはっきり直視し、認識してこそ光州虐殺者の実態を明らかにすることができる。ちょっと視点を変えてみれば、人格を破壊することは、肉体を破壊することよりも、もっと残忍なことだと気がつく。(p224)


殺された人々ばかりでなく、殺した軍人たちの側も、権力者たちによる人格の破壊(道具化)という暴力の被害者である。
主人公が、後年になって、こうした認識を持つようになったのは、事件当時の次のような経験に由来している。
軍隊がはじめてデモ隊に発砲し、多くの死者を出した5月18日の道庁前の衝突の際、その凄惨な光景を目撃した主人公の心(その暴力性の質)に、重大な変化が生じる。

噴水台前の攻守隊員は抜け殻のように突っ立っていた。彼らを見た瞬間、頭に電流が逆流した。もはや、兵卒一人が問題ではなくなった。あのような命令を下した責任者をいつか必ずこの手で殺してやると、鉄パイプをギュッと握り締めた。大地に両膝を付け、天地神明に合掌し誓いを立て、この誓いを破り放蕩に耽った暁には天誅を降して下されと懇願した。私は鉄パイプを力いっぱい握り締め再び身震いした。鉄パイプに誓いを立て繰り返し力強く握り締めた。傍らの男性は依然コンクリート地面を引掻いている。私は歯を食いしばり鉄パイプを握り締め再び誓った。誓いを幾重にも胸に畳み置くうち、窒息して今にも息絶えそうだった胸が少し楽になった。すると攻守隊を射る目に変化が起こった。群集もこの世も私の目には全てが変って映った。(p132)


襲いかかってきた他者の巨大な暴力に対する荒れ狂う憎悪と殺意に満たされていた、この若者の暴力性の質が、その攻撃が向けられるべき対象を見定めることによって、その強度を損なうことなく(いわば)社会化され沈静化される。
それは暴力という、背負わされたものとはいえ、この人が生きるために不可欠な力が、社会的な形態を得て、この人が集団のなかで(権力に対抗しながら)生きていくことを可能にするものに変容していく出来事だったともいえよう。
この経験によって、主人公の内面が暴力から解放されるのではなく、暴力という形を(不可避的に)とった一個の生の力が、その暴力性のままに解放(救済)されるのである。
この時から、主人公の生は、不正義との、権力との闘争、抵抗へと、その力(暴力)を遺憾なく差し向けていく。暴力的だが、解放の(社会的な)希望と共にあった生の時間。
それがこの抗争の短い日々の、主人公の体験の一面であったといえる。







だが、光州事件は市民側の敗北によって終結し、主人公自身の、この解放への希望の道も閉ざされてしまう。その後の拷問の体験などを経て、虐殺の記憶と自他の暴力の記憶を心のなかに封じ込め、主人公は自らの生の解放の道を閉ざしながら日常を生きていくことを余儀なくされる。
忘れがたい自らの暴力と、清算されないままの他者の巨大な暴力、その記憶は行き場を失ったまま、傷口を開いたままの暴力性の深淵だけが、主人公の内面に静かにとぐろを巻いている。
そのことが彼にもたらすのは、どこか虚無的な人間関係であり、意識しないまま周囲の人たちを深く傷つけていく日常の生である。
光州事件の被害者でもある旧知の女友達を決定的に傷つける行動をとってしまった後、彼はなかば呆然と自問する。

何が狂ってこんな破局を招いてしまったのだろう。(中略)結婚した時もこのように無責任だった。周囲が急かすまま己の身を任せ、まもなく破局を迎えたのだ。昔、黒髪の女性を撃ってしまったように、生来「私」という人間のどこかに、このような残忍性がとぐろを巻いているのだろうか。(p207)


抑圧され、また抑圧することを強いられる日常の中で、内部で密かに口を開けたままの暴力性、「残忍性」は、本人の制御できない仕方で周囲の人々へと差し向けられ続けるのである。






また、社会全体の趨勢へと目を広げるなら、その後に訪れた光州事件の国民的「解決」の過程において、(軍人たちと市民という)被害者同士の「和解」は図られてきたが、真の加害者である権力者たちへの責任追及はなされないままであり、それを曖昧にすることで国家の安定と利益の追求だけが図られることになる。
巨大な暴力によってもたらされた重層的な破壊の傷跡は、つまり人々の内面に刻み付けられた暴力性の深淵は、埋められないままである。
その深淵は、だから事件をさまざまな形で体験した人々全ての人生を、否応なく狭い、息苦しいものに限定し続ける。
この小説で真に描かれるのは、その事実の過酷さ、不条理さなのである。





だが、この強いられた内向から、主人公の生が解き放たれる可能性が、突然見出されることになる。
大統領選挙を前にして持ち上がった、全斗煥らへの特赦の動きに反発して、自らの手で光州事件を主導した権力者たちに鉄槌を下そうとする秘密グループの動きに、主人公は思いがけなく巻き込まれていくのである。
いくつかの出来事の重なりのなかで、主人公の心の中に、『あのような命令を下した責任者をいつか必ずこの手で殺してやる』という、若い日の誓いが次第に形をとって蘇ってくる。
このとき、その生の回復の糸口となるのは、だがやはり銃(武器)の記憶である。

これだったんだ。ずーっと得体の知れない渇望のようなものがうごめいていたが、それがまさにこの銃だったんだ。抗争時に初めて銃を撃ったとき、ジーン、グワーンと耳鳴りを起こした銃声、朝鮮大学校の前で乱射した銃は、あの恐ろしい威力で標的に実弾を押し込み、その威力に合った恐ろしい音で私の行為の正当性を声高々と語り、私は猛り狂ったように銃を撃ちまくった。あの銃が懐かしくあの銃声が恋しかった。(p233)


この生の回復への道は、すでに不可避的に、武器と暴力によって満たされている。
これ以外の仕方で生の回復を目指すことが出来ないということ、これが作家がこの主人公に背負わせた傷の深さであり、巨大な(可視、不可視の)暴力と抑圧によって穿たれた深淵の表現であるともいえる。
暗殺グループの一員に完全に加わった主人公は、射撃練習を行いながら、こう考える。

引き金を引けば、大きな音を出し実弾が飛び出すということ、その恐ろしい威力で実弾が標的を貫通するということ、それは単純に弾が飛び出るという事実だけで終わらない。塞がっていた私の人生が開けられるということだ。訓練所で銃を撃てなかった時、私は目前に迫りくる降級より私の人生が永遠に塞がってしまうような絶望感を感じた。ずっしりとした銃の重みと、カチッ、カチッ、となる撃発音が過去に味わえなかった信頼感となって迫ってきた。こうして実弾が飛び出す時、私はもがきにもがいた世界から解き放され他の世界へ入れるのだ。銃声が心地よく耳に響き感動が電流のように体の中を駆け巡った。もう死など問題ではなかった。(p274)


作者の深い共感は主人公に寄せられているとはいえ、作者は、この主人公の生き方(選択)を、一面的に否定も肯定もしていないのだと思う。
ただ、これほどにも深い傷があるのだということが描かれているのであり、このような直接的な形でなくとも、向けられるべき方向に向けられた正当な力の行使によってしか人々の救済が可能でないほどに、この世界はすでに暴力に満たされているのだという現実が告発されているのだ。
求められているのは、暴力の支配ではなく、正義の実現をとおして、生の力が現実を凌駕することであるといえるだろう。
この小説の主人公のような仕方でしか、つまり直接的な暴力の行使によってしか、生の回復を図れない人間が今も生み出され続けているという事、この(世界の)現実よりも醜悪な暴力は、どこにも存在しないのである。