ホームレス帰還兵

イラクでの戦争勃発から5年をテーマにした19日夜の「クローズアップ現代」のなかで、最近よく耳にする「ホームレス帰還兵」の人たちのことがとりあげられていた。(追記あり


これは、イラク占領に従軍中の体験が元でPTSDになり、社会生活に適合できなくなってホームレス状態に陥ってしまう人たちのこと。
アメリカ政府は、占領時の体験と病気との因果関係が証明されてないなどの理由で、この人たちにまともな保障をすることを渋っているらしい。
一番ショッキングだったのは、軍が専門家の協力を得て、この人たちの症状を「治す」目的で、「バーチャル・イラク」と呼ばれる、イラクの戦場を疑似体験できる装置を全米に配置しているということ。
この装置によって、PTSDの原因となった苛酷な体験をあえて再体験させて意識化することにより、PTSDを「治し」、社会復帰させようということらしい。
その「復帰」というなかには「軍への復帰」も視野に入れているとのことだったが、戦場にもう一度送れるようにするということだろうか。
病気を治して、現場に復帰させてるということだから、正しいことをしてるという理屈なんだろうな。もちろんほんとの理由は、人手不足ということだろうが。


フロイトの本を読んでいると、第一次大戦中、「戦争神経症」と呼ばれる症状(今で言うPTSDに当たるものだろう)に陥った兵士たちの急増が問題となり、こうした兵士たちは臆病であったり仮病を使っているものと見なされて、当初は電気ショックをかけて戦場に送り返す、という対処がとられていたことが書かれている。
だが、それではどうしても減少しないということが分かり、やがてフロイトたちの精神分析的な研究と療法にスポットが当たるようになったそうである。
そこからこうした症状が起きるメカニズムの研究が進み、PTSDのような概念も用いられるようになった。
つまり、医学的な知識も治療のための技術も大幅に増したはずだが、ところが今やってることは、元に戻っている、むしろ退化しているようだ。


傷ついた人間の心や体に対する、こうした考え方、つまり、どうすれば現場復帰できるように機能を回復できるかということだけを有意とするような発想、個体としての人間を精神的にも肉体的にも交換可能な部品としてのみ捉えるという発想は、軍隊に限らず、今後社会全体に拡大していくのではないか。
とても怖いことだと思う。


追記: 戦争神経症に関する記述は、『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』(フロイト著 光文社古典新訳文庫)の訳者中山元による「解説」の一節にあるものでした。引いておきます。

 この心的な負荷の大きさのために、多数の戦争神経症の患者が発生した。身体が麻痺し、行動できなくなり、発話能力までも失われる例も多かった。これは最初は仮病とみなされ、電気ショックによる治療が功を奏するかのようだった。たしかに兵士たちは電気ショックの苦痛よりも、前線で戦うことを選んだのだった。しかしこの治療もやがて効かなくなる。兵士たちは、前線で戦うよりも辛い症状を示し始め、苦しめられるようになったのである。
 こうした神経症が器質的なものではなく、心的なものであることが確認されるとともに、精神分析の意義が医学界でも承認されるようになった。一九一八年にブダペストで開催された国際精神分析学会は、「政府の正式な代表が出席した最初の大会」だった。精神分析は、「陸軍病院に配属され、シェルショック[戦争神経症]に陥った兵士たちを目の当たりにした医師たちの熱烈な支持をえていた」のである。(p278〜279)


人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス (光文社古典新訳文庫)

人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス (光文社古典新訳文庫)