北海道への旅・その1

今回の北海道への旅には、とくに目的はなくてのんびりと時間を過ごせればいいなと考えていたのだが、ほんとうにそうなった。
旅行に行って観光も特別な充実した体験もしないで、ただボーっとしてるというのは、時間やお金がもったいないと思う人があるかもしれないが、そんなこともないと思うのは、その内容(行動や出来事や感情)とは別の次元で、旅に出て普段とは違う空間のなかで時を過ごすという行為自体が、すでにひとつの体験だからだ。これは、旅から戻ってみると、すごくよく分かる。
そしてぼくの場合、この感じは、人生全体にも当てはまるような気がする。旅行に行って無為な時間を過ごしていると、人生という旅の全体のあり方が二重化して体験されてるように思うのだ。
ただ言えることは、これは他の人たちのおかげでもあり、運や縁というものがあって、はじめて可能になることだ、ということである。今回も、泊めていただいた友人のご一家をはじめ、みなさんにほんとうにお世話になった。
お寺を営んでいるこのお宅に行くと、いつも「歓待」ということについて考える。客に無為な時間を過ごす自由を与えるということは、歓待のひとつの本質をなしているのかもしれない。それは、実際には稀有なことだ。


旅先であったことのメモ。


滝川市の畑のど真ん中にある「ママズ・キッチン」という店で、スープカレーというものをはじめて食べた。
http://www.geocities.jp/mggsn054/mamazukittinn.html
リンクさせてもらった上の記事でも詳しく書かれているけど、とにかく美味しい店だ。
ぼくはスープカレーもだけど、フォカッチャというパンみたいな食べ物が、ものすごく美味いと思った。それから、にんにくの入ったシチューみたいなのもあって、それもいい味だった。
そのスープカレーだが、ぼくは「チキン野菜カリー」というのを食べたんだけど、周りの畑で作った(だと思う)人参やナスなどの野菜がそのままでゴロッと入っていて、それに鶏の手羽肉も、サムゲタンに入ってる鶏みたいに箸で簡単に裂くことが出来るほど柔らかい。もちろん、カレーそのものの味もいい。
ぼくは、スープカレーというのが、こんなにボリュームのあるものだとは想像してなかったので、それだけでも驚きがあった。とくに寒い土地だと、これは好まれるだろうなあ、という食べ物だった。
それから、旭川創作料理を出す居酒屋にも連れて行ってもらったんだけど、やっぱり魚介類は種類も多いし、とても美味しいと思った。でもそれ以上に、久しぶりに友人と飲んだからか、酒がすごくうまかった。


実はなにを食べたかとかは、あんまり憶えていない。
基本的に、物や人の名前にしろ、人の顔にしろ、なにかを記憶するということがたいへん苦手だし、最近はとくにどうでもいいように思えてきた。どうでもよくなくても、憶えられないものは仕方がない。
はじめの話に戻るようだが、頭は記憶していなくても、身体は体験しているのだ。意識や記憶が、積み重ねられる生のすべてではない。そういうことが大事じゃないかと、このところ思うようになった。
旅の話の続きは、もう少し書きます。