『蟻の兵隊』

いわゆる「日本軍山西省残留問題」を題材にしたドキュメンタリー映画
これは、日本軍将兵約2600人が、第二次大戦終了後も中国に残留し、国民党系軍閥に合流して共産党軍と戦ったという事実をめぐるもので、国への補償をもとめて生き残った兵士の人たちが裁判を起こした。
この人たちは上官の命令にしたがって中国の軍隊に合流し、激戦のなかで多くの戦死者や捕虜を出したのに、日本に帰ってからは勝手に残留した「逃亡兵」として扱われ、補償や恩給を受けられなかったのである。
その残留が、当時の軍司令官と軍閥との密約によるものであることは、発見された資料などによりほぼ明らかになってるのだが、最高裁は訴えを棄却したということらしい。
http://www.arinoheitai.com/

この映画では、元残留兵の一人である奥村和一氏が、事実の真相を明るみに出すため中国に渡ったり、関係者の証言を聞きだそうと奮闘する姿を描く。


映画を見ながら思っていたのは、この奥村和一という主人公は、小野田寛郎に似ているということだ。奥村さんと小野田さんは、あの戦争や靖国神社に対するかんがえは正反対だが、風貌が似ているというだけでなく、どこか共通した雰囲気があると思った。
だから、映画の終わり近くなって、靖国神社の場面でその小野田さんが本当に画面に登場し、二人が対決するシーンがあったことには驚いた。


この映画の圧巻は、奥村さんがかつて自分が初年兵として人を殺す実地訓練を受け、また数々の血みどろの戦闘を行った山西省の村を訪ねる場面である。
そこに行くまで、奥村さんは次のように語る。
捕らわれた中国人たちを銃剣で刺し殺す訓練を受けていたとき、自分は恐ろしさのあまり、その場の状況をほとんど見ることができなかった。だから、現地に行き、当時を知る人に会って、その時どんな状況であったのかを、教えて欲しいのだ。
これは、奇妙な言葉に聞こえる。彼がその現場にいて、その行為を行っていた本人であるのに、そのとき何が起こっていたのかを誰かに教えてもらうために、自分はそこに行くのだと、奥村さんは言うのである。


もうひとつ、印象的な場面がある。
それは、その時に奥村さんたちの手によって殺されそうになった中国人の一人が逃げ延びていて、その子どもと孫が奥村さんに面会に来る場面である。
このとき、奥村さんは、この人たちに謝罪やいたわりの言葉を投げかけるのではなく、職務を果たしていなかったその(逃げ延びた)中国人のことについて、厳しく問い詰めはじめるのだ。
このシーンは、すごく見ていて怖いんだけど、とても重要なシーンだと思った。
それは、奥村さんが、この旅にやってくるまで、ずっと自分のなかにためこんでいた重さとか矛盾みたいなものが、生々しく噴きだしている場面に思えたからだ。
この旅は、奥村さんにとって、そういう重い強張ったものを自分の心から取り除く契機になったのではないか。そんなふうに想像した。


やはり山西省の現場に赴くまで、奥村さんは「戦争とはどういうものなのかを知りたいのだ」と繰り返す。それは、自分という一人の人間が人を殺したかどうかということ、また何人殺したかといった、個人の次元の問題とは違うのだ、と語るのだ。
そこには強い意志や使命感や怒りが感じられるが、同時になにか無理をしているような、重苦しい感じがあった。
だが、自分がかつて個人としての感情や記憶を押し殺し封印する場所だった山西省の土地に立つことで、奥村さんの自分自身に対する心の強張りのようなものが、少しずつほぐされていく。
この映画は、その過程を丁寧に追っているように思えた。


ぼくは、この映画を見て、戦争というのは人間を鬼に変えるものだという言葉を耳にすることがあるが、それはその時残虐になるということだけではなく、それが終わってからもずっと、人の心に重荷を背負わせてしまうという意味なのだ、と思った。
中国に行ったことで、奥村さんの心には、きっと変化があったのだろう。


靖国神社でスピーチを終えた小野田さんに、奥村さんが「侵略戦争を美化するのですか」と詰め寄る場面は、緊迫感がある。
一瞬の間があった後、小野田さんは激しく昂ぶって奥村さんに反論の言葉を投げつける。
この一瞬の沈黙には、ぼくたちには分からず、この二人には分かるなにかがこめられているのかもしれない。
そして、その言葉を聞いた後の奥村さんの眼差し。その意味するものはなんだろう。
奥村さんの、真実をもとめるたたかいは、今も続いている。


大阪十三の第七芸術劇場で上映中。