鄭泰春さんと平澤(ピョンテク)

韓国の平澤(ピョンテク)での、米軍基地拡張にともなう土地の強制収用に対する抗議と抵抗。
いま、このサイトのトップで、写真が大写しになっている、連行されていく男の人、この人が民衆歌手の鄭泰春(チョン・テチュン)さんです。この方は、夫人の朴恩玉(パク・ウノク)さんと一緒に音楽活動をされているのですが、韓国の運動圏ではたいへん有名なミュージシャンだそうです。
この方についての思い出、それから、これはぼくもずっと知らなかったことですが、鄭泰春さんと平澤(ピョンテク)との関係について書きます。


以前にも何度か書きましたが、ぼくは在日朝鮮人を含む日本や韓国の若い人たちが中心になっている、ある集まりに99年以後ずっと関わっています*1
それに関係することで、戦争中に日本に連れてこられて働かされ、亡くなった朝鮮の人たちの遺骨の問題を解決しようという取り組みが北海道であって、数年前、その取り組みの会場(札幌)に鄭泰春さんが来られて、遺族の方たちの前で一緒に自作の歌を歌うということがあったそうです。
その歌というのは、これなんですけど。

徴用者アリラン <月よ、高く・・・・> 


作詞・作曲/鄭泰春(チョン・テチュン)

 
月よ、高く のぼり 異国の山河 帝国を 照らすとき
殖民徴用の 青春 飢えて 労働に骨も溶け 眠れず
     アリ アリラン 故郷の両親 帰りだけを 待ちこがれ
     月よ 高く のぼり 今日息絶えた 魂を 数えよ

 
月よ、高く のぼり 北風に震える わが夜を 照らすとき
墓もなく 捨てられた 魂 帝国の 空  さまよい      
    アリ アリラン 残した 妻 病の 慟哭も聞けず   
    月よ 高く のぼり わが魂 故郷の 庭に 散らせ
  
   
    アリ アリラン、捨てられた 魂 郷にかえる ことなく   
    月よ、 明るく照らせ 悲しき 霊の名を  探そう

    
    帰れぬ 故郷は あの世も 遠い・・・     
    月よ 高く のぼれ     月よ 高く のぼれ     
    タラ ノピゴム オルララ・・・


これは、鄭泰春さんの友人で塚田タカヤさんというミュージシャンの方のホームページから、ご本人の了解を得て転載させてもらいました。こちらの塚田さんのホームページでは、塚田さんが歌う日本語でのこの歌も聞けます。
まあ、そのときにぼくが関わっていることと、鄭泰春さんとの間でつながりが出来たわけです。


それで、ぼくはその時はその場所にいなかったんだけど、去年の夏に、そのぼくがずっと関わっている集まりが今度は韓国であって、ぼくも数日だけ参加したんですが、やはりそこに鄭泰春さん夫妻が来られて、塚田さんたちとコンサートをやられた。それは、ぼくも聞きました。
ぼくがよく覚えてるのは、その集まりが終わった日に、鄭泰春さん夫妻がソウルで街頭コンサートをやるからみんなで聴きに行こうという話になって、会場件宿舎になっていた場所、それはソウルからはずいぶん離れた郊外の町だったんですが、日本から行った十数人で地下鉄を乗り継いで、二時間ぐらいかけて行った。
場所は、ソウル市庁の近くに教保文庫という、韓国で一番大きな本屋さんがあるんですが、その前です。行く前は「大規模なコンサートをやるから」みたいな話だったんだけど、行ってみると、教保文庫前の狭い歩道を占拠するみたいな形でやってる(笑)。演奏してる人と、路上にござを敷いて座っている聴衆の間を、通行人のおじさんが文句を言いながら通り過ぎていく、という感じです。
聴衆は、全部で100人ぐらいだったかなあ?ソウルの真ん中だから、交通量がすごく多くて、座ってる後ろを車がばんばん走りすぎていく。そのなかで運動歌とか、静かな叙情的な曲を、アコースティックギター二本だけの伴奏で歌っていく。
歌詞はほとんど意味が分からないので、睡眠不足の若い人とかは聴きながら寝てる人もいたけど、ちょうど夏の夕方で、涼しい風が頭の上の街路樹の葉を揺らして渡っていくのと、その歌声やギターの音とが交じり合ってすごく気持ちがいい。まあそれで余計眠くなるわけですが。
これは、お金はとられなかったので、CDを買ってもらうためのデモンストレーションだったと思うんですが、このときが第一回で、これから全国をこういう形で回るのだ、という話だった。こういう宣伝の形が、韓国でどのぐらいポピュラーなのかは、よく知らないんですが。
それで、いま思うと、その時に平澤(ピョンテク)で抗議行動をしている住民の方たちが、たくさん聴きに来てました。プラカードを持って聴衆の後方に並んでいて、コンサートの合間に、前に出てスピーチをしたりしてた。鄭泰春さんと、すごくつながりが深いんだなあ、と思っていた。


平澤(ピョンテク)のことというのは、韓国では何年か前から、もちろん話題にはのぼっていた。駐韓米軍の再編にともなって、平澤(ピョンテク)の米軍基地を拡張することになった。それで、土地の収用をめぐって、住民の激しい反対運動が起きている、ということですね。
鄭泰春さんは、もちろん韓国の民主化運動のなかで音楽活動をやってきた人だから、その運動とつながりがあっても不思議ではないわけです。
それで、今回、鄭泰春さんが平澤(ピョンテク)で抗議行動をして、警察に拘留されたということを聞いても、はじめは、そういう一般的な活動の一環としてたたかっておられるのだろう、と思っていました。


ところが、その後分かったのは、平澤(ピョンテク)が鄭泰春さんの故郷であるということです。

平澤(ピョンテク)というのは、このjanjanの記事にあるように、もともと朝鮮戦争と米軍の基地に絡む、非常に辛い歴史を持っている場所らしいんですが、そこに住んで暮らす人たちが今、またしてもその土地から追い出されようとしている。
鄭泰春さんは、まさに自分の故郷の人たちと大地とを守るためにたたかっておられるのですね。
これを知ったときは、驚きました。


さきに、「徴用者アリラン」を紹介しましたが、あれは自分の故郷とか住んでいる土地から引き離されて、異国の大地に眠らざるをえなかった人たちのことを歌った歌ですね。
昔も今も、さまざまな事情で、自分の故郷を離れざるえない人、住んでいる場所を奪われて放浪する人、家を取り壊されて家族や隣人たちと離れ離れになり、放り出される人、自分の祖先たちが生きてきた大地を奪われてしまう人、というのは、世界中に数多くいると思うのですが、鄭泰春さんには、そういう人たちの心情が自分のこととしてよく分かる部分があり、そして今自分の故郷の人たちを、同じような辛い目にあわせないように、平澤(ピョンテク)でたたかっている。
それは何か、すごく大きなところでの人々のつながりを実感させるたたかいである気がします。


上にも書いたように、鄭泰春さんは17日の午後に警察署から解放されたそうですが、いったん自宅で休養をとって、また現地にもどって抵抗を継続したいと話しておられるとのことです。
この平澤(ピョンテク)の闘争というのは、じつは韓国でもそれほど広い支持や関心を集めているわけではないらしい。それがどういう理由によるのかは、はっきり分からないんですが、ご縁のあった鄭泰春さんが、自分の故郷の土地と人々を守るために続けている、私的で普遍的なたたかいを、ぼくは今後も自分なりに応援していこうと思ってます。

*1:これについては、これまで何度か書いてきたし、また別の機会に詳しく書きます