大阪府知事はナチスと同じ

橋下知事北朝鮮ナチスと同じ」 朝鮮学校無償化問題で

http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100310/lcl1003101205003-n1.htm

授業料無償化に関する朝鮮学校への対応をめぐり、大阪府橋下徹知事は10日、朝鮮学校に交付している私立外国人学校振興補助金についても「廃止を念頭に置いている」と述べた。また「民族差別だという指摘があるが、朝鮮民族が悪いわけではない。北朝鮮という不法国家が問題。それはドイツ民族とナチスの関係と同じだ」と言及した。


産経だから仕方がないけど、見出しは扇情的であることは間違いない。
橋下が言ってることは(結局はそうでも)、表面上はそこまで単純ではないだろう。
実際に橋下が言ったことは、朝鮮を「不法国家」と決めつけた上で、国家と民族との関係を、ドイツ民族とナチスとの関係になぞらえて語った、ということらしい。
つまり、朝鮮人を差別してるわけではない。その国家を悪いといってるだけだ、というわけである。
朝鮮という国家と朝鮮人とを切り離して考えて、前者を悪と見なして排斥し、後者の「人権」とか「自由」を擁護しようという発想は、受け入れられやすいものではあるだろう。
だがそのレトリックによって現実に行われているのは、まさに最悪の暴力だ。


現在の政治体制とか、国の状況がどうであれ、少なからぬ人たちがそこに何がしかの思いや愛着、もしくは葛藤を抱いている国家、ましてや隣国を、「不法国家」とか「暴力団」同様のものと決めつけ、罵倒する。
しかもそれを行っているのは、その国にルーツや縁をもつ人たち(少数者)が多く住む土地の自治体の長という、歴然たる政治権力者である。
日本の右派や保守政治家は、都合のよいときだけ絶対悪の象徴のようにして、旧同盟国の支配勢力の名称(つまりナチス)をよく引き合いに出すようだが、国内の少数者を恫喝し、繰り返し傷つけることで大衆的人気の獲得を図っているという点では、まさに橋下徹とい政治家こそ、ナチスヒトラーの名にふさわしいではないか?
いや、そう自覚しているからこそ、あえて先手を打って、この喩えを使ったということか。


実際、橋下の狙いは、いや結局のところ、中井某だの城内某だのをはじめ、朝鮮非難を声高に叫ぶ連中の狙いは、それによって自分たちの大衆的な人気を高めようとすること以外にはないであろう。
橋下の場合、朝鮮学校に自分の要求を呑ませて、朝鮮本国なり総連なりとの関係を絶つと誓約させれば、この先の自分の政治キャリアにまたとない勲章になると踏んでるのだろう。
まったくたいした「小ヒトラー」である。


だが橋下たちの発言にもまさって暴力的なのは、このような露骨なレイシズム発言が、それなりの見識であるかのように捉えられたり、少なくとも広い大衆的な支持や容認を得てしまうということ、だからこそこんなファシストまがいの発言が連日紙面をにぎわすのだという、その現実だろう。
朝鮮人を追い出せ」という具体的な言葉よりも、その現実の方が、はるかに少数者を追い込むだろう。




さて、橋下の発言に(表面上は)含意されているように、国家と民族、いや、国家と人々は切り離せるか、切り離せないか、そのことに立ち入るのは、ここではやめておこう。
ただ、橋下の発言が示しているように、両者を簡単に切り話せるはずだという発想そのものが、ある特定の人たち、とりわけ政治的に困難な状況にある国と関わりを持つ少数者たちのある部分を、市民社会から決定的に排除する、周縁化する道具となりうるものだということは、指摘しておきたい。
私は、最終的には、全ての人々が、あらゆる国家の呪縛から解き放たれるべきだと思う。
だが、その気持ちを、誰よりも強く持っているのは、きっと在日朝鮮人であり、それを阻んでいるのは、私たち自身であると思う。
私たちの誰が、在日朝鮮人より(「総連系」と呼ばれる人も含めて)「国家」から自由だなどといえるだろうか?
ましてこの国家は、昔も今も、この人々に対していったい何をしてきたか。