嘔吐

半月ほど前のことである。


スーパーの特売で大型の甘海老の刺身が出ていたので買ったのだが、頭と身の部分とに分かれていて、頭の方に味噌が詰まって美味しいのでかれこれ二十匹ばかりあるのをチュウチュウ吸ってあらかた吸い尽くした。
それがわるかったのだと思うのだが、食べてる途中から胃袋が満タンになってどうにも物が入らなくなった。気持ちが悪いのと、寒気がしてくる。その日は昼間から夏風邪のひき始めのような体調だったので、食あたりのせいばかりではないかもしれない。
ともかく具合が悪くなってきたので、部屋にもどって暑いのもかまわず震えながら布団を引きかむって寝た。むかむかするのも収まらず、しばらく経って気がついたのだが、これは吐き気がしているのである。
そう思い出すと途端に吐きたくなり、口を押さえてトイレに駆け込むと、たちまち嘔吐した。それが、われながら気持ちのいいほどの吐きっぷりである。一息に全部を吐き出す勢いで、それが二三度、終わると気持ちの悪さばかりか、寒気や咳き込みのような風邪の症状まですっかり消え去っていた。
言いようのない爽快さである。


それで思ったのは、よく刑事ドラマなどで「何もかも吐いたら楽になるぞ」という台詞を聞くが、本当なんだなあと感心したのと、人間生きていくには吐くということも大事な能力であると実感した。
ぼくは子供の頃から吐くということが人一倍嫌で、よく拒食症の人などの話で、大量の物を食べて、嘔吐してはまた食べ続けるというのが嗜好のようになってしまい、という体験談を聞くが、そんなことがあるのかと不思議に思っていたが、この気持ちよさは、たしかにやめられない習慣のようになるかもしれない。
意に沿わないものを詰め込まれて、というよりも生きるために何かを体内に取り込まねばならないという事自体に「意に沿わなさ」があると感じられれば、吐くという行為に、あるべき自分を取り戻すような実感が伴っても不自然とは言えないであろう。


それにしても、自分の意志によるのでなく、何か身体の自動的な働きに従っているような自然さ、身軽さの感じられる、気持ちのいい嘔吐であった。
これがほんとうの「オート(嘔吐)リバース」だと、後から思ったものである。