過去を乗り越えられない国

李明博大統領が来日しているが、彼は就任前、日本に謝罪や反省を要求しない、という趣旨の発言をした。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=95058&servcode=200§code=200


この発言は、韓国国内では物議をかもしたようだが、日本に対するこうしたスタンスは、基本的には金大中政権以後変わっていないと言えるだろう。


「要求しない」ということは、「要求できること、要求するべきことがあるが、それをしない」ということである。
謝罪や反省するべきこと、言い換えれば清算するべき過去の問題が存在しないという考えなら、端的にそう言うだろう。


「要求するべきこと」があるのに「要求しない」ということは、それほど経済面での交流や、両国の国民感情などの部分での改善が進むことを望んでいる、というメッセージだ。
決して、「忘れた」とか「水に流す」という意味ではない。


さらに言えば、ここに感じられるのは、上の記事のはじめの部分でも語られてるように、『日本側も、要求しなくてもこうした話をするほど成熟した外交(政治)』を当然やってくれるだろうな、という鋭い含意である。
だから、この発言の裏にあるのは、日本に対する鋭い「とげ」のようなものだと、ぼくは感じる。
たとえば金大中の場合は、「そこまで無理強いしても、日本は応じないだろう」という諦念のようなものが、どこかにあったと思うが、李明博の物言いは、もう少し厳しい、あるいは熱い気がする。
そういう「熱」があることは、もちろん日本人にとっては、ありがたいことなのだろうが。


この大統領は、本当に経済最優先の人だと思うので、「過去にこだわらない良好な関係を築いていきたい」と、本心から思ってるだろう。
だが、そのためには日本が自ら過去を乗り越える必要がある。それが乗り越えられていないから、政治家の問題発言や行動がなくならないのである。
「過去にこだわらない関係を作りましょう」と韓国の側は言ってるのに、いつまでも日本の側は過去から脱却できず、過去の亡霊にとらわれたかのような発言や行動を繰り返して、「未来志向の関係構築」をご破算にしてしまうのだ。
その理由は、われわれが一度も、過去とまともに向き合おうとしてこなかったからである。