醜悪な発言

話題にするのも嫌だけど、あまりに腹立たしいことなので書いておく。

「清徳丸にも重大な過失」大前議員が主張
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080309-00000008-mai-soci

海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故について、自民党大前繁雄衆院議員(65)=兵庫7区=は8日、神戸市内であった党兵庫県連の会合で「交通事故のようなもの。他の漁船が(イージス艦を)かわしているのに、あの船だけかわしていない。重大な過失があの船にあるが、そのことについて一言も触れられていない」などと述べ、清徳丸にも責任があると主張した。


この大前という議員は、安倍内閣のときの防衛政務官山崎派の所属。
典型的な防衛族なんだろう。
毎日新聞の朝刊(9日付け社会面)には、さらに次のような発言を大前議員が行ったことも報じられている。

イージス艦も規律が緩んだところが当然あったろうが、公正な議論が行われるべきだ」と主張。さらに「ライフジャケットを身に着けていれば、命があったかどうかは別にして大規模な捜索活動はいらなかった。浮き上がってくるはず」と述べ、「面白かったのは捜索の時、(漁協の)全員がこれみよがしにライフジャケットを着けて捜索していた」とも話した。


念を押すが、「ライフジャケットを着てれば、助かったかもしれないのに」と言ってるわけでさえ、さらさらないのだ。「捜索活動の手間と費用が省けただろうに」と言って嘆いてるのである。


「公正な議論」と、この議員は言う。


自衛隊の巨大な艦船と民間の小さな漁船が衝突したのである。
そして、当然ながら漁船が沈没し、乗ってた人は行方不明だ。しかも自衛艦の側に過失があったことは明白である。
ここにはそもそも、船の大きさや装備からいっても、権力の面においても、そして被害の程度(有無)からいっても、歴然たる差がある*1
その差を考えるなら、自衛艦の責任や過失が集中的に問題とされるのは当たり前だ。


かりに漁船の側に「こうしていれば、自分たち自身の被害が軽減できたかも知れないのに」ということがあったとしても、それは自衛艦の側の過失と責任を問うこととは、まったく別の問題である。まして政治家なら、後者こそを問うべきだろう。
こんな発言を許さないことによってのみ、「公正な議論」は保障されるのだ。


害を与えた側、とくにより大きな権力を持つ側の責任がなるべく軽く扱われ(出来れば不問にされ)、被害を受けた側、弱い立場にある側の責任がことさらに槍玉にあげられる。
どこまでも醜悪な空気に、この国は覆われている。

*1:権力の差があるからこそ、国会議員が被害を受けた民間の船の側に「重大な過失があった」などと言ってはばからないのだろう。