『〈個〉からはじめる生命論』

こちらで紹介されていたので、関心をもって読んでみた。

〈個〉からはじめる生命論 (NHKブックス)

〈個〉からはじめる生命論 (NHKブックス)

非常に重要な提起が多くなされている、すぐれた本であると思う。少し気が早いが、たぶん今年読んだ新刊書のなかのベストになるだろう。
以下に引用する部分は、本書の本筋からはややはずれると思うのだが、少し引いてみる。

優生学という呼び名には、そうした批判の意志が込められている。出生前診断などの生殖技術が人口の質の調整という機能を実現しているということを、かつての優生学との連続性においてみるのと同時に、「新」という形容詞を付け加えることによって、それが全体主義的な強制によってではなく人々の自己決定を通じて作動するという変化をも表わしているのである。(p199)


強制や計画によって「調整」(生の管理)が行われるのではなく、「自己決定」(自由)によってそれが行われるのだということ。
これはたしかに、われわれが置かれているアポリアのようなものの在り処を示していると思う。
このことは、われわれが自由に振舞っているように思えても、実際には操作・管理されている、ということとは違う。
われわれは本当に自分の意志で自由に振舞っているのだが、その行為が結果として社会全体を「調整」する機能を果たしてしまうのである。
そうなるとわれわれは、なお「抵抗」を続けようとするなら(無論、続けるべきなのだが)、自分自身の生や欲望のあり方に疑いの目を向けざるをえなくなってくる。ひと言で言えば、自分や他人が「生かされている」という感覚が、強い負のベクトルを帯びて生じてくることになるのだ。


おそらくこうした感覚を出発点として、著者は上記のような現代の状況を、フーコーアガンベンを参照して広い意味での「生政治」の問題としてとらえ、そこからの脱却の道を探ろうとしている。
本書に示されたその道筋は、鋭く、根本的で、多様な豊かさに富むものである。
そのすべてに同意できるということではないが、その底にある問いの切実さと誠実さは、十分に伝わってくる。



本書をひとつのきっかけとして、幅広い論議が行われることを期待したい。