『沖縄密約』・自分からみた要点

『大事なことが書いてある』と言っただけで、内容にまったく触れないというのもあんまりだという気がしてきたので、自分が読んでとくに印象に残ったところを中心に、ごく簡単に書いてあることを紹介します。
興味をもたれた方で、まだ読んでいない人はぜひ現物にあたってください。


沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟 (岩波新書)

沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟 (岩波新書)


ぼくからみて、この本に書いてあることの眼目は、次の一節にあらわれる「本土の沖縄化」という一語によく示されていると思う。

これまで論述してきたように、米側が施政権返還に応じたのは、沖縄の基地の価値の相対的減少を見込んだ上でのことではなく、あくまでも「基地の使用を維持する最善の方法」(米秘密文書、2002年発覚)とみなしていたからにほかならない。さらにその背景には、「ケース・スタディ」第三章「決定の年」の冒頭で「沖縄だけでなく、日本本土で利用可能な米国軍事施設の使用を最大限にするため、沖縄返還への合意が必要である」と述べているように、"本土の沖縄化"と呼ばれているものへの強い期待があった。あるいは、この点が沖縄返還の核心だったのかもしれない。(p57〜58)


これはつまり、72年の「沖縄返還」を、沖縄から基地をなくして「本土並み」にするということとはまったく逆の意味合い、日本列島全体の米国の軍事施設を(米国統治下の沖縄のように)米軍にとって自由に利用できるようにするという(米国側の)意図を根底にもつものとしてとらえる、という視点である。
米国統治下の沖縄においては、当然基地や軍事施設は米軍の「自由使用」となっていたが、独立国である日本の「本土」ではそうはいかない。使用するには、日本側の「事前承認」が必要とされるなど、独立国(米国にとっての外国)であるがゆえのさまざまな制約があった。
そこで沖縄の返還にあたって、日本の領土(「本土」と同じ位置づけ)となる沖縄の基地が、引き続き「自由使用」できることを認めさせれば、「本土」にある軍事施設もそれと同様な使用の仕方を日本側が拒む根拠はなくなる。それが「本土の沖縄化」であり、そこに「沖縄返還」の本当の狙いがあったのではないかと、著者はみるのである。


その米国側の思惑は、返還交渉の過程をつうじて、朝鮮半島、台湾、ベトナムなど東アジアにおける米軍の活動の拠点としての機能を日本国内の基地が持つことを日本側が(密約という仕方で)承認するという形で実現する。
そして著者は、その意味で「沖縄返還」を、現在の「日米軍事再編」を可能にした日米安保の変質の出発点として位置づけるのである。

沖縄の施政権返還は、当時のロジャース米国務長官が、従来に比べ大きな前進(advance)と称したように、基地の態様の実質面で、在日米軍の作戦行動をより自由に機能させることができるようにした。日米安保を日本自体の安全との関連においてのみ捉えようとしていた日本政府は、以後は、東アジアの他地域との間にまつわる在日米軍の作戦行動によって生じる"リスク"を背負いこむことになった。(p134)

さきにも述べたように、米側が沖縄の基地の態様を最重要視したのは、そのことがすなわち日本全土の基地の態様につながり、これまでかなりの制約を感じていた米軍の軍事行動全体に新たなる機会と展望をもたらすことになるとの期待からであった。その後の<日米安保共同宣言―周辺事態法(新ガイドライン)―日米軍事再編>という一連の安保変質ラインへの連動の基礎を固めるものとなったのである。現在、沖縄から米軍がイラクなどにもなんらの制約もなく自由に発進しているのは、この連動の延長線上の必然的帰結である。(p67〜68)

著者は、こうした沖縄の軍事的なあり方(米軍による自由使用が返還後も継続したということ)、それにともなう日本全体の「沖縄化」という事態が、「密約外交」と呼ばれるような日本の外交交渉の特殊性というよりお粗末さからもたらされたものであり、ただその時々の米国側の要求を丸呑みしただけで、日本の国益にかなったものでないことを批判する。
しかもそうした交渉の内実は、国内の批判を恐れる政府・与党や官僚によって秘密にされ続けてきただけでなく、それを批判しようとしなかった日本のマスコミの体質も批判の的とされる(第5章)。
またとくに第3章では、沖縄返還時の秘密にされてきた金の動きや、いわゆる「思いやり予算」の内実、そして今回の再編の動きのなかでの海兵隊のグアム移転のための経費の大部分を日本側が支払うという構図などがとり上げられ、世界のどの国と比べてもけた違いの莫大な金が、いわば「聖域」として日本から米軍のために支出されてきた経緯と現状が、やはり同様の視点から告発される(この章に書いてあることは、ビックリするようなことばかりだ)。


おおむね以上のような内容だが、まずジャーナリスト出身の著者による記述は、たいへん明快で読みやすい。要旨が簡潔にまとめられ、しかもきわめて実証的で説得力に富み、読者をひきこんでいく見事な話の運びである。
次に視点というか、大枠の内容に関して。
これは私見だが、最近では「沖縄」が政治的な話題になるとき、「沖縄返還」にスポットが当てられることは、比較的少なくなっていると思う。「沖縄戦」から、一気に現在の状況へとつながるような感じで語られることが多いように思う。
その理由はよく分からないのだが、沖縄の日本への「返還」という出来事は、まだ「歴史」にはなっていないし、しかしすでに現在でなく過去のことではある。それは誰にとっても、考えたり語ったりする対象としては、不透明でつかみにくい出来事なのかもしれない。
だが、その不透明な箇所にメスを入れ、そこから現在に光を当てるときに、はじめて見えてくる多くのものがある。そのことを、この本は教えてくれたように思う。
国益」重視ということなど、著者の論に対する不満は、きのう書いたので繰り返さない。