板垣竜太さんのお話を聞いて

先日、日本人と在日朝鮮人の学生でつくっている『日朝友好関西学生の会』というところが主催した集まりに行って、同志社大学教員の板垣竜太さんという方の講演を聞いてきました。
講演のタイトルは『「日朝友好」は可能か?』というもので、たいへん興味深い内容でした。


戦後と現在における日本社会や日本人の朝鮮半島との関わり方を検証して、あるべき「友好」のあり方をさぐる、といった内容で、「日朝平壌宣言」の問題点*1NHKの番組改ざん問題などにも言及される多岐にわたるお話だったのですが、全体を再構成することはぼくには無理なので、自分にとくに関心があった部分に絞って紹介し、それについての感想を最後に付け加えることにします。
なお、あくまでぼくが聞いて理解した限りのものであり、発言者の真意を正確に伝えていない部分があるかもしれません。

嫌韓流』分析

講演では、はじめにベストセラーになっている『嫌韓流』という本の言説が分析され、いくつかの特徴が示されます。


そのひとつは、そこに見られるxenophobia(外国人恐怖、外国人嫌悪)的な言説には、9・11同時多発テロ後に世界で支配的となった言説の特徴に符合する面があるということ。
たとえば、安重根を「テロリスト」という言葉によって否定し非難している点。
また「エクスキューズをともなう本質主義」の物言いが見られるという点。
「エクスキューズをともなう本質主義」というのは、言説によって攻撃している対象の全部が悪いわけではなく、「なかにはいい人もいた」と付け加えることをともなうような攻撃のあり方。ブッシュ政権も、「イラク人やアフガンの国民の全体が悪いわけではない」という言明をともないながら、イラクやアフガンを攻撃した。「友好的なイスラムもいる」という言明をともないながら、イスラムを排斥しようとする。そうした、9・11以後の言説のスタイルの一特徴を、『嫌韓流』もそなえている、という指摘でした。


ぼくが、とくに関心をもったのは、次の点。


嫌韓流』には、「<驚き>と<論破>の文法」と呼べるものがみられる、ということ。
「どこにでもいる普通の高校生」である主人公は、韓国や「反日マスコミ」を批判する根拠となる事実を聞かされて、しきりに「驚き」の声をあげる。
また、「左翼」や「在日」の登場人物が、議論によって論破されて「うぐぐぐ」と声を発するという場面もたびたび登場する。
こうした<驚き>と<論破>の文法は、全体として<表面的な知識をくつがえす>というスタイルであると考えられる。


ここから板垣さんは、『嫌韓流』のこのスタイルが、多くの人に受け入れられた理由を、次のように分析します。
それは、深い歴史的・社会的認識の上に立った政治的判断ではなく、形式的なもの(表面的な「ポリティカル・コレクトネス」)だけで朝鮮や韓国についての認識をすませてきた今までの状況への横槍として機能しているのではないか。そして、そのように表面的な「常識」が突かれた後に、それをマジョリティの被害者意識へと導き、ナショナリズムへと拡大するという回路がしかれているのではないか。

「日本人の立場」をめぐる論争

次に、上記のことをふまえて、日韓、日朝の政治運動レベルでの「連帯」の歴史が、やや批判的に振り返られます。
そのなかで、ぼくがとくに関心をもった部分は、以下です。


1961年に、「日本人の手による、日本人の立場での朝鮮研究」という理念をかかげて、「日本朝鮮研究所」が設立される。これは、画期的な視点を提示したものだった。
その後1970年代後半に、在日朝鮮人の帰国運動が終息し、在日朝鮮人が「定着化」の段階に入ったという趣旨の論文が発表されたのをうけて、日本人と在日朝鮮人との間の「自立した関係」ということが、日本人の運動関係者や研究者の間で議論されるようになった。これをめぐって、かつて「日本朝鮮研究所」の中心メンバーだった佐藤勝巳氏などと、朝鮮史研究者の梶村秀樹氏の間で論争が起きる。
そのなかで、佐藤氏たちの側の、

「相互に相手をひとりの人間として正当につきあうことができるような、つまりは言わなければならないことをたとえ困難があろうとも言いあうことができるような、そうした関係がなければならない」


という主張に対し、梶村氏はこう反論した。

「『いうべきことをいう』の裏に「聞くべきことを聞く」がなければならない」
「『頭が上がらない』と一面的に自己規定し、次にはそれではいけないと思うと相手の駄目なことばかりをいいつのればいいと思い定めるような・・・姿勢を克服しなければならない」


これについて、板垣さんはこう述べます。
この論争にみられる、ある「現実」と出会ったときの「いうべきことをいう」というスタンスへの転換とその含意に、戦後日本特有の構造が示されているのではないか。
また、こうした構造に飲み込まれてしまうのは、東アジアの「分断」(南北、日朝など)により引き裂かれた状況を克服しようとする視点が、日本人の側に欠けているからではないか。

「空虚な主体」と「分断」

次に、90年代の言論の状況に関して。
90年代の日本では、「国民」という概念について、実体主義的なとらえ方ではなく、構成主義的なとらえ方が広くされるようになった。徐京植氏はこれを評して、実体主義的な国民概念が「危険な主体」を生み出しうるのに対して、構成主義的な国民概念は「空虚な主体」をもたらすとして、批判した。
これは、前者が一面で(いわゆる戦後責任問題における)責任追及の態度へとつながっていく可能性をもつのに比べ、後者は責任の否定や留保をもたらすと考えられるからだ。


板垣さんはこの批判を踏まえて、東アジアの「分断」と絡まり合った主体を形成することが重要ではないか、と述べる。そして、朝鮮半島は南北に分断されているが、われわれ(日本人の側)は分断されていない、という言い方は、何か違うのではないかと思う、と言っておられました。

感想

ここから、ぼくの感想です。
日本人である自分の側の「空虚さ」を、朝鮮半島の状況に代表される東アジアの政治的な「分断」とむすびつけてとらえようとする視点は、重要なものだと思う。
ひとつ言えることは、この「分断」の状況は非常に複雑なもので、それは、日本の社会が戦前の植民地支配の体制からの連続を、基本的に引き受けず「切断」せずにきたということと、戦後の東アジアの政治的・軍事的な情勢のなかで日本が果たした役割の性質とに関係している*2


また、「対等な立場で」「いうべきことをいう」というスタンスへの転換は、朝鮮や韓国に関係したことばかりでなく、差別に関係するようなあらゆる社会の場に広く見られるものだと思う。
これは、多くの人が、「いうべきことをいえない」という息苦しさを、強く感じていることを示しているのではないか。つまり、日本社会は、全体として「いうべきことがいえない」社会である。これは、「誰に対して」ということよりも、そうした空気が出来上がりやすい社会の成り立ちになっている、ということだろう。
少数者や弱者の側に、「いうべきことをいう」という欲求(強迫的な)を差し向けることで、自分のなかにある社会全体の構造への違和感や不満がおしかくされ、「空虚な主体」が充足されて、安定感をえるというメカニズムがあるのではないか。


結局、「空虚な主体」という実感や、「いうべきことをいわねば」と言う強迫的な心理(仮想的な公平性を求める、一種道徳的な感覚)が、「分断」と言い表されるような歴史的・政治的な現実(戦前の植民地支配の体制からのずるずるべったりな連続性と、アメリカの支配下にあることとの複合)に起因する面をもつことは、否定できないと思う。


表面的なポリティカル・コレクトネスだけで認識がとまってしまうというのも、この歴史的・政治的な事実性に直面することを忌避するためではないか。


これは、自分たちの生活のなかに走っている「分断」(壁)の複雑な構造と、その歴史的・政治的な原因を、見ないで済ませる、という態度だ。
日本人は、いつでも「空虚さ」をかかえていて、そこを権力につけこまれ、いわばマジョリティ化される(今の社会では、それが差別を生む土壌ともなる)わけだが、この「空虚さ」とは、歴史的・政治的な構造の産物であり、人工的な装置なのだ。

*1:少しだけ書いておくと、同宣言の第2項が、65年の日韓基本条約と同じ「経済協力」方式を明記しており、植民地支配に対する「補償・賠償」という側面が、後景に退いてしまっていること。これは外務省がすすめようとしている「日本のFTA戦略」の線に沿うものであり、「日朝平壌宣言」は、この日本側の経済戦略に金正日政府の側が乗ったものという面を持つ。ただし、「だから日朝平壌宣言は駄目だ」ということではもちろんなく、そういう側面もあることは把握しておくべきだ、ということです。

*2:国際社会の現状を考えれば、アメリカから見た場合の、東アジアにおける日本の位置づけを、中東におけるイスラエルのそれと比べてみる必要がある。アメリカとイスラエルは、その国家の成り立ちから「国際植民地」と呼ばれることがあり、それがこれらの国の国内社会のあり方にも関係しているとする説があるが、日本の場合も、戦前の植民地支配の体制を清算することなく引き継いでしまった面があるということと、それがアメリカの軍事的・政治的な戦略の枠組みのなかで行われたという点で、イスラエルと非常によく似た面があると思う。ただ、イスラエルはもともと、というのは帝国主義時代に植民地支配を行っていた国家ではないということと、東北アジアでは直接に軍事的な役割を担ったアメリカ側の国は、(これまでは)日本ではなく韓国だったということなどが、日本をめぐる状況とイスラエルをめぐる状況の目立った違いであろう。