差別の復権

「猿虎日記」さんに、今回の朝鮮学校対象除外問題についての政府への要請書への賛同の呼びかけ文が載りました。

「高校無償化」制度の朝鮮学校( 高級部)への適用を求める要請書(転載)
http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20100301


締め切りは、3日早朝です。
以下、そのまま文面を転載させていただき、蛇足ですが、末尾に関連して記事を書き加えます。


(以下転載)

高校無償化の朝鮮高校排除の動きに対し、以下の要請書を政府に提出するよう運動が行われています。

ぜひ賛同してください。

賛同は、個人でも団体でもかまいません。賛同の方は、3月3日

午前7時までに、

koshida@jca.apc.org

あるいは、FAX:  011-596-3683 011-596-3683

まで返信してください。

また、知り合いの方にも知らせてください。

「高校無償化」制度の朝鮮学校( 高級部)への適用を求める要請書

2010年3月3日

内閣総理大臣 鳩山由紀夫

文部科学大臣 川端達夫

鳩山首相が、衆議院で審議されている高校無償化法案に関連して、在日朝鮮人の通う朝鮮学校を無償化の対象から外す方向で調整していることを明らかにし、その理由を「朝鮮学校がどういうことを教えているのか指導内容が必ずしも見えない」と述べたという記事(北海道新聞、2010年2月26日)を、私たちは読みました。

私たち、教育問題や国際協力、差別問題などに関心をもつ市民は、この発言に驚いています。私たちは鳩山首相に対して朝鮮学校も高校無償化の対象に含めるよう再考することを強く求めます。また川端文科相に対して、朝鮮学校を対象にしていた方針を変更することなく進めることを要請します。

朝鮮学校だけを、無償化の対象から外すことに合理的な根拠はありません。朝鮮学校は、各都道府県が各種学校として認定し、公立・私立大学の半数以上が独自の判断で受験資格を認めてきた学校です。国立大学で初めて受験資格を認めた京都大学は、朝鮮学校の授業や教科書を検討し「高校」と差がないことを確認しています(朝日新聞、2002年9月13日)。

この事実をみれば、朝鮮学校が「日本の高校に類する教育課程」をもつ学校を対象とするという文部省の方針に合致していることは明らかです。また「教育の機会均等」や「教育の国際化」という文部科学省の方針からしても、朝鮮学校だけを排除することはできないはずです。

朝鮮学校を学校教育基本法第1条の学校として認可しないというこれまでの文部科学省の方針に対しては、日本政府が批准(または加入)している国際人権諸条約の委員会から、これを民族差別とする「懸念と勧告」が何度も出されています。とくに社会権規約委員会は「朝鮮学校のようなマイノリティの学校がたとえ国の教育カリキュラムを遵守している場合でも正式に認可されておらず、したがって中央政府補助金を受け取ることも、大学入学試験の受験資格を与えることもできない事について、懸念する」(2001年8月31日)と強い勧告を出しています。

もし、高校無償化から朝鮮学校をはずすことになれば、これまでの差別をさらに広げることにつながります。それは「友愛」を掲げる鳩山政権の本意に反することではないでしょうか。

私たちは、朝鮮学校を高校無償化から除外しないことを求めます。

呼びかけ人 林 炳澤、黒田秀之、越田清和、小林久公、高橋 一、高橋芳恵、七尾寿子、花崎皋平、秀嶋ゆかり、細谷洋子、堀口 晃、三澤恵子、宮内泰介、山口たか

(転載以上)




上に転載した要請書の文章のなかでも、朝鮮学校を適用対象から除外する根拠がないことが明快に述べられ、鳩山首相の不可解な発言への驚きが語られている。
朝鮮学校の教育が何か特殊で危険なものであったり、(授業内容が)「見えない」とされるようなものではなく、そうした考えや発言は偏見と呼ぶしかないものだということは、やはりブックマークしたこちらの記事を読んでも分かるだろう。
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20100227ddlk27070394000c.html

朝鮮学校朝鮮民主主義人民共和国立の学校ではない。また、そこに通う児童生徒は在日3世や4世であり、教育内容は日本での進学や就職にも備え、学習指導要領に合わせてある。教育課程は公表されており、今更騒ぎたてて確認する必要もない。

また、上記の要請書の文章の中には、朝鮮学校をいわゆる「1条校」として認可しないというこれまでの日本政府の方針自体が、人権の面から国連の場で問題とされてきたことも、具体的に書かれている。
そして今回の問題についても、早速国連の人権委員会の場でとりあげられているのだ。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100225dde041030040000c.html


今回の除外が実施されれば、それは『「教育の機会均等」や「教育の国際化」という』文科省の方針にも、鳩山政権が掲げてきた政治理念にも反することになるはずだという要請書の主張は、まったくその通りだと思う。
付け加えれば、それでもなお政治家や官僚が「朝鮮学校は、日本の学校と同等と見なすに当たらない」と強弁するなら、それは自分たちがそのように差別してきたということを示しているだけである。
この、現行の(過去から継続する)排除・差別・偏見と、今新たに付け加えられ(強化され)ようとしている排除・差別との二重性ということについては、すでに書いてきた。
たんに民族教育の場であるだけでなく、日本社会の差別や抑圧からマイノリティーの子どもたちをプロテクトする場としても重要な機能を果たしてきた(そうした複合的な役割を担わざるを得なかった)この学校を、私たちの日本社会と現政権は、(自分たちの差別的な政策や体質は一向に改めないままに)いまあらためて強く周縁におしやろう、出来るだけ「見えない」場に据えようとしているのである。


鳩山発言を離れて、ことの発端となった中井拉致問題担当相の発言について考えてみよう。
首相は、除外を拉致と関連づける趣旨のこの発言に対しては、一応距離を置いているようにみえる。そのような政治的事情による除外であると考えられたくないのだろう。
だが、拉致を理由にして世情に訴えるにせよ、授業内容が見えないとか、国交がないからだとか曖昧な文句を並べて正当化を図るにせよ、それらは「除外」を行いたいためのとりあえずの方便にすぎないと、私は考える。
そして、実は「とりあえず排除したい」というこの心情こそが、われわれの多くの心情にもっとも訴えることが出来る、甘いささやきなのである。
上にも述べたような朝鮮学校への差別的な処遇は、私たちの社会を支配している心情によって支えられてきたものだ。朝鮮学校を「同等に」扱わないことで、私たちの多くは、どこか安心していられた。
今回「無償化」を朝鮮学校にも「同等に」適用することになれば、授業料という部分に限っては、この安心の根拠が消えてしまうのである。だから、それを阻みたい。それが政治家の本音であり、また残念ながら、私たち大衆の本音(心情)でもある。
政治家や官僚は、そのことをよく知っているのだろう。
拉致問題は、ここでは、この大衆の差別的な心情(といっても、それを維持している主力は権力だが)を隠蔽しながら肯定するための道具として利用されているだけである。文字通りの政治利用だ。


たとえば、捕鯨船への妨害行為や、トヨタへのリコール問題などで、日本が外からの非難や攻撃、排除にさらされているという報道が、日々なされ、強調されている。
また、新自由主義的な経済政策、社会政策のなかで、個人は生活上の不安や圧迫、ある種の恐怖感といったものに、常にさらされている。
それは、自分たちが、これまでそこに安住してきたシステム(戦後日本社会)の危機として、私たちに捉えられる。
そして、私たちは心の底では、このシステムが、排除や差別と不可分だということを知っているのだ。
無償化からの「除外」によって、この排除のシステムを継続しよう、しかも戦後続けてきた排除は差別ではないと強弁しながら、実際にはその排除の度を強めていこう(システムの土台を強化していこう)という政治家たちの主張は、安心のために「差別の復権」を求める私たちの欲望に、甘く寄り添うのだ。


だが、とりわけ日本という国の復権や行く末、または社会的な紐帯の必要を重視する人たちにこそよく考えてほしいのだが、こうした排除と差別の継続による社会の構築は、結局のところ、日本が閉鎖的な国だというメッセージを世界に投げて、孤立とバッシングの材料を提供するというばかりでなく、日本の社会を決定的に脆弱なものにしていく道のりではないか。
異質なもの、不安を感じさせるようなもの、それは元々は自分たちの歴史を引き受けるどころか直視もできない弱さから発したものだとはいえ、どこか目障りであるような存在を社会の周縁へと排除し、しかもその排除をどうのこうのと理由付けて正当化して不可視のものとすることによって、私たちの社会は、自分たちの過去や現在の「現実」と、異質な存在である他者たちとを受容していく体力を、決定的に失っていく。
いやそれは、むしろ奪われていっている、というべきなのだ。
私たちの社会が、また私たち自身がこのように脆弱化することによって、私たちを収奪したり操作しようとする者たちだけが、笑うのである。
私たちの社会は、いまこの「差別的なシステム」というぬるま湯のなかで、溺死していく瀬戸際にある。


差別について考えると思い出すことがある。
何年前だったか、ワールドカップの決勝でフランスのジダンが、相手の選手に差別的な言葉を言われて(当時そのように報道された)激昂し、頭突き(パッチギ!)をかまして一発退場になった。その試合で、フランスは優勝を逃した。
それを見ていて私は、「一時の感情で、なんと自分勝手なことをするのか」と、なかば嘲笑し、愚かしいと思ったものである。
だが昼食のとき、当時一緒に働いていた朝鮮学校出身の友人とこの話をしたら、その友人は、自分にはジダンの気持ちが分かると強く言った。ほかの事では、意見が対立することはあまりなかったのだが、このときは、彼は自分の感覚の私との違いを隠そうとしなかったのだ。
今思うと、あのときのジダンの行動を「一時的な自分勝手なもの」としか考えられなかった自分の心理は、日本の社会の差別的なシステムの枠にどっぷり浸ったものだったと思う。いや、ジダンの行動が問題ではない。あの友人の、あのときの言葉と心情が大事なのだ。
私はあのとき(今のことは、まだ書かない)、差別を受けた者、受けている者の内心を、まったく理解できずにいた。一言でいえば、差別が何かを知らなかったのだ。
それが、このシステムのぬるま湯のなかに居るということの、意味である。


排除と差別の継続は、私たちから、他者の悲しみや怒りを理解する、またそこに接続することではじめて開かれる私たちの生の実感と可能性を奪い、閉ざしてしまうものである。
そのようにして、他人に支配されるがままの現実を変えていく力を奪われた人々が作る社会が、脆弱なつながりしか持たないものにならないはずがない。
差別の中で奪われ滅んでいくことを選びつつあるのは、むしろ私たちと、その国、その社会なのだ。