心の問題

韓国の模索:世紀またぐ歴史清算/6止 真相委めぐり政治対立
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090227dde007040077000c.html


きのうとりあげたのと同じ記者の方による記事。
やはり、とても優れた内容だと思う。以下は、記事への文句ではなく、ぼくなりの補足というか感想である。


記事の後半に、こうある。

だが昨年2月、李明博(イミョンバク)大統領が就任し、10年ぶりに保守政権が復活すると、流れは変わる。真相委の規模は縮小。さらに与党ハンナラ党議員からは他の委員会と統廃合する法案も国会に提出された。その動きは同党が流れをくみ、日韓基本条約(65年発効)で歴史問題の政治決着を図った朴正熙(パクチョンヒ)政権批判につながるとの警戒心からだ。


 法案提案者の申志鎬(シンジホ)議員は「盧武鉉政権は歴史問題を政治化させた」と話す。歴史の清算が今の韓国政治に直接影響を及ぼす保革対立の中、真相委の在り方も揺れ動く。


真相究明委員会の活動については、「歴史問題を政治化させた」という批判がよく聞かれるわけだが、日韓基本条約の交渉過程の検討から明らかになったように、この問題は軍事政権や保守勢力によってそもそも極度に「政治化」されていたのであり、盧武鉉政権のときに起こった動きは、基本的にはそれを修正しようとするものである。
どちらに根本的な委曲があったのかは、明らかであろう。
この委曲を修正しようとするなら、その委曲の上に立って権益を保持してきた人たちと戦わざるをえないわけだから、これが政治的闘争という穏やかならぬ(つまり、「過激」になる可能性をはらんだ)形態をとるほかなかったことは、むしろ当然なのだ。


だが問題は、こうした歪みや混乱の責任を、われわれ自身がどう考えるか、ということである。
たしかに軍事独裁政権やハンナラ党など保守勢力は、歴史問題を委曲してきた。
だがそうなった背景にあるのは、冷戦時代から現在に至るアメリカのヘゲモニーのもとでの韓日両国の協調ということである。端的にいえば、韓国や沖縄をはじめとして米軍基地の存在を許容し、その土地の住民たちに負担を押し付けることと引き換えに、政権の安定や、それに基づく社会の経済的繁栄を維持してきた。
この同盟関係のもとで、補償を受けるべき植民地・戦争時代の被害当事者の権利や、命と心の問題は棚上げされ、封殺されてきたのである。
軍事政権の欺瞞的行為に対して、戦後の日本の政治(ということは、有権者)は、到底第三者ではありえないだろう。


またそのことは、日本の支配層(韓国についても同様なのだが)が、戦前・植民地時代の行為に対してケリをつけないままに、戦後も権力を維持してきたという事情と重なっている。
韓国に軍事独裁政権が出現せざるを得なかった一因は、明らかに日本の植民地支配にあり、日本の戦後処理と戦後の国のあり方や政策と深く関係している。そして、この道を支持してきたのは、とりあえず日本の国民である。
日本の国民(有権者)が十分な要求を自国の政府に対して行っていれば、韓国の民衆が軍事政権や保守勢力による圧迫に苦しむことも、なかったかも知れないのである。


あったかも知れないが、なかったかも知れない。
その可能性を少しでも考えることは、論理的な推論ではなく、彼我の生存や生活を同じ位置でつなぎ合わせて想像してみようとする、いわば「心の問題」に属するであろう。
上記の記事の前半、靖国神社の対応をめぐって言われているのは、じつはそうしたことなのだと思う。

合祀名簿は厚生省(当時)が神社に提供した戦没者調査票を基に作成された。調査票が間違っていた可能性が高い。「日本政府は補償対象ではない朝鮮人の生死確認や遺族への通知に関心がなかったということか」。誤りを見つけ出した南相九(ナムサング)調査員は「日本の戦後処理の本質を見た気がした」と語る。


生前、中上健次は、韓国の軍事独裁政権を声高に批判する日本の左派・左翼知識人の態度を、激しく罵ったことがあった。
それは、この「心の問題」の次元を忘れ、あたかも自らの正義性の証明のためであるかのように軍事政権という「外なる悪」を非難して済ませようとする態度のなかに、上記の靖国神社の対応と、どこか相通じるものを感じた苛立ちの表明ではなかったかと思う。


ぼくは、いまの日本の左翼のなかに、そういう部分があるとは思いたくない。
ただ自分自身については、どうであるか心もとない。