ひどい書評

自分が読んでない本についての書評なので、どうしようかと思ったけど、あまりにもひどい文章なので、書いておく。

今週の本棚:山内昌之・評 『自爆する若者たち…』=グナル・ハインゾーン著
http://mainichi.jp/enta/book/news/20090111ddm015070014000c.html

テロや戦争を道徳的に批判するのは簡単であるが、その数字的根拠を人口問題と結びつけながら語った点に本書の意義がある。ガザやアフガニスタンパキスタンの不安定な政治情勢を根本から理解する手がかりとして大いに参考になる本だといえよう。


これがイスラム世界の歴史なり現状なりについてあまり知識のない人が書いた書評であれば、本の内容を客観的に紹介するだけでよいのかもしれない。そして、上のような文末になっても許されるかもしれぬ。


だが、この書評を書いた山内昌之は、かりにもイスラム圏の歴史や文化を研究してきた人間であろう。
書評されている本の論旨が、山内の言うような視点から書かれたものだったとしても、「不安定な政治情勢」の原因を、そのような人口学的な側面に限定するかのような書き方は、軽率か怠慢でなければ、犯罪的だ。
そもそも(たとえば)ガザの人たちがなぜそういう劣悪ともいえる環境に押し込められてるのかを、示唆する必要がある。
要するに、「テロや戦争の原因」(「テロ」と「戦争」との、この併置自体大いに疑問があるが)についての、歴史や現状を専門的に知る者としての注釈がなされていないということは、たとえばガザの現状を考えるなら、ありえないことだと思う。


いわば、人口学的な知見を述べた本書の内容を(専門家として)「客観的に」紹介することで、山内昌之は、ガザをはじめ中東の民衆に加えられている政治的・軍事的・経済的等の圧迫が、中立的で正当なものであるというメッセージを発していることになる。
つまり、「テロリズム」や「報復の連鎖」(そして、各地の若者の暴動も?)は、(キレやすい)「若者の人口増」による自然現象のようなものであり、中東の人たちや、世界中の若者たちを苦しめている現実の社会の不条理は変えていく必要がないということ、それに抗議の行動を示したり、声を上げる者は、たんに生物学的に暴力的な連中に過ぎないのだ、というメッセージを発しているのだ。
それは、「過激な」異議申し立てや抵抗に対する暴力的な鎮圧や殺戮を、正当化しかねない言説である。

産業もなく失業者にあふれるガザはじめパレスチナの窮状も理解できるというものだ。


この一節も、山内自身のパレスチナの人たちへの同情的な述懐のようでありながら、結局ガザなど占領地域の人たちの経済的苦境の主因は、出生率が高いことにあるのだという、アメリカやイスラエルの政府が泣いて喜びそうなメッセージを日本の読者に植え付けようとしてるだけの文章であろう。
占領も経済封鎖も、「根本的な」問題ではありませんよという、社会学的・人口学的と称する知見(山内が書いてる通りの内容だとしたら、これもひどいイデオロギーだと思うが)に、イスラム世界の歴史や社会の専門家の立場から、お墨付きを与えてるようなものである。


知識のあまりない素人が書いた文章なら、ぼく自身もそうした人に比べて、特別に思考力があったり、倫理観が強かったりするわけではもちろんないので、そんなに気にもならないけど、こういう世間から「専門家」と見なされてる人の(実際には、政治的・官僚的な)発言、レトリックというのは、まったくたちが悪い。
ガザ侵攻と占領の犯罪性が世界的に問題化してるこの時期(またアフガンやパキスタンをめぐる政治課題が国内でも論議されてる時期)に、大新聞にこんなわざとらしい書評を書くなんて、意図は見え見えじゃないか。
「若者嫌い」の年配の方々も、こうした文章に是非騙されないようにしていただきたいものである。