もっとも醜悪な暴力は何か

<韓国>米国産牛肉輸入反対デモが過激化…メディア襲撃もhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080628-00000083-mai-kr

韓国の米国産牛肉輸入反対デモが過激化し、機動隊と衝突するだけでなく、デモに批判的な保守系大手紙の本社を襲撃したり、取材カメラマンや一般市民に暴行するといった事例が相次ぎ始めた。


はじめに書いておくと、「報道の自由」は、組織の権益を擁護するためのお題目であってはならず、マスコミが人々を権力から守る「公器」としての機能を果たす限りでのみ、つまりあくまで個々の人や人々の(直接行動を含む)表現の自由を守る限りでのみ、尊重されるべきものだ。


取材中の人が暴力を振るわれたということは、もちろんよくないことであるが、それはどのような個人に対しても暴力はよくないからであって、「マスコミ」相手の暴力だから、ということではない。
これは、特に強調しておく。
記者個々への暴力は、市民個々への暴力と同様に非難されるべきだが、そのことはマスコミが持っている巨大な暴力性、「暴徒」と呼ばれる人個々の持っているそれとは比べるべくもない効果を持つ巨大な社会的暴力を隠蔽することにつながってはならない。
日本では、「マスコミの暴力」が問題になるのは、それが「政治家の人権」を侵害しそうになる場合ぐらいだが、それはむしろ擁護されるべきマスコミの機能なのであり、真に非難されるべき「マスコミの暴力」とは、弱者・被害者など一般個人への暴力的報道とともに、政治権力と癒着して情報操作的な報道や言論を社会に振りまくということにこそある。
そうした「マスコミの暴力」に対する人々の怒りの表明や行動は、まったく正当なものであるとぼくは思う。


たとえば韓国での「過激化」する抗議行動は、基本的には牛肉輸入問題に限らず、医療制度の民営化や水道の有料化など、加速する一方の政府のネオリベ的政策への怒りに根をもっている。これは、前の政権の時代から強まった傾向であり*1李明博政権となって一段と露骨になったものである。
イデオロギー対立や政権争いの次元ではなく、この怒りと、その表現には、命に関わるような、そのような根があるのである。
保守系大手」の各紙は、そのような現状を是認・支持し、それを推進しようとする現政権の擁護と、抗議する人たちへの攻撃的な報道を繰り返しているから、人々の怒りがそこにも向かっている。


軍事政権時代から政権と一体となって民主化運動を抑圧してきた韓国の「保守系大手」メディアの体質については、ここでは書かない。
むしろ、今現にあるこのような生命・生活をめぐる切実な対立の現実、その力学を隠蔽しようとする、日本のマスコミの報道にこそ、ぼくは最悪の自己保存的な暴力の意図と行使を見るのである。
それは、日本のマスコミが、結局のところ、韓国の「保守系大手」のメディアと同様に、現行の社会システムを是認・支持し、そのなかで保持されている自分たちの既得権益の擁護のために、抗議の怒りと直接行動の意図を矮小化する目的で、「暴力」という語の範囲を支配権力の意図に沿うように狭く規定して(警察だけでなく)自分たちの巨大な暴力性を隠蔽しながら、抑圧的な報道を行っているということである。





実際には、現在の日本においてもマスコミというのは、組織としては、巨大な暴力機関だ。
日本でも、たとえばイラクの戦争のとき、NHKをはじめ多くのマスコミは、こぞってアメリカの行動を容認・支持したり、扇動するような報道を繰り返して恥じなかった。「人殺し報道」「人殺し企業」である。
無論、こんなことはほんの一例である。産経・読売や週刊新潮などについては書くまでもないので書かないが、朝日新聞にしても、少なくとも第二次大戦はじめ、戦前に行ってきた主要な戦争遂行権力の一つとしての、自己の役割への批判的な検証や謝罪がないのに、「戦争責任」をまともに問えるわけがない。


たしかに、どんな報道を行っても、マスコミが暴力にまったく加担しないですむ、ということはないだろう。
だが、重要なのは、そういう暴力の現場にいる、巨大な暴力の当事者としての自分を、どれだけ意識できるかだ。
個々の記者の問題としては、そうした組織の一員である自分を、どれだけ意識しながら報道できるか、ということでもあろう。


ぼくは、上記記事のような日本の新聞の報道が、「暴力」の定義を支配権力の意図に沿うように、言い換えればネオリベ的な資本主義社会の論理に合うように狭く限定し、そのことで同時に自分たちの暴力性を(自分たち自身に対しても)不可視にして、既得権益を守ろうとする日本のマスコミの、醜悪な意図を表しているものだと思う。
『もはや「非暴力の市民デモ」とは主張しにくい』(上記記事より)などと遠まわしに揶揄する前に、自分たち自身の暴力性を、日本のマスコミは深く恥じるべきである。

*1:現にノ・ムヒョン政権下でも激しいデモと警察との対決は起きていた。