鳩山退陣

鳩山政権の最後のあり方と、その退陣とは、取り返しがつかないかもしれない暴力を現実に刻んだものであることはもちろんだが、それだけでなく、この政権を支持した人たちの全てに重い課題を残したと思う。
むしろ、この課題を明らかにしたことこそが、この政権の最大の存在意義だったといえるのかも知れない。


ひとつ確実に言えると思うことは、鳩山由紀夫氏は、ぼくが知っている限り、沖縄の米軍基地の負担軽減の問題を最も深く真剣に考え、自分なりに努力した日本の総理大臣だった、少なくともその一人だったろう、ということである。


とはいえ、もちろんこれは、鳩山氏が政治家として、この問題に関して特に良心的だったというようなことを意味するのではない。
他があまりにもひどかった、というだけである。
実際、この結果を見れば分かるように、彼は現実には何もやっていないのに等しいのだ。いや、それよりひどいという見方もあろうが、まあそれはいい。
ともかく、「最も真剣に努力して、この結果」だということを、私たちは考えるべきなのだ。


こう言ったからといって、私は鳩山氏の善意や、理念に対する思いの熱さを、疑ったり、揶揄したり、貶めようとするものではない。
ただ、鳩山氏の善意や理念は、私自身のそれと基本的にはそう変わらない質と熱さのものに思えるから、その程度の「善意」や「理念」をとりあげて、それだけで差別的だったり暴力的だったりする現実を容認すること(「辺野古」案への決定は、そういうものであった)が免罪されるという話になるのでは、実際にそういう現実を押し付けられて生き続けねばならない人たちは、たまったものではないだろう。
だから、「最も真剣に努力して、この結果」という現実の無残さを、私たち自身の限界として、無力さとして、見つめるところから始めねばならないと思うのである。


私自身は、「移設先は最低でも県外に」という鳩山氏の言葉を聞いたとき、アメリカに真っ向から交渉を挑まざるをえないような、そんな行動を実際に彼が出来るとは信じがたかったが、本当にその方向に突き進んでいけば、面白い変化がおきるかもしれない。
少なくとも、辺野古に一度は決定されていたプランを、白紙撤回するところまでは行くかもしれない。そういう風に思った。
だが結局のところ、鳩山氏は、アメリカとの、また官僚とのということかも知れないが、ともかく自分の「土台」を崩すことになりかねないような、全面的な対決と交渉を回避した。もうそうなると、結論は「辺野古」案以外にはありえないのである。
鳩山氏は、自分の理念と言明を裏切ったことによって、沖縄も社民党も、全国の有権者も裏切ったことになるが、この無残な撤退・回避は、もちろん鳩山氏一人の撤退・回避ではなくて、私たちのそれでもある。
自分がどの程度、それに当てはまるかは各自判断していただく以外にないが、私自身は、鳩山氏のこの撤退、言い換えれば「裏切り」を、ほとんど自分の行為のように感じた。
私には、彼が何を前にしてたじろぎ、後ずさりしたか、ぼんやりと分かるような気がするのである。


もちろん、政権が実際に行使した(しようとしている)暴力と、その政権を選んでそんな政策を行わせてしまった私たち有権者の「限界」がはらむ暴力性とは、同じものではない。
たしかに、この差異は見た目以上に重大なものだろう。それを混同することは、私たちが実際に行使されている(とりわけ政治的な)暴力の構造を、より強固なものにする主要な仕方のひとつでさえありうる。
だから、私は、私自身の無力さにどんなに苛立っても、それ(その無力さがはらむ暴力性)を政治が行使する具体的で差別的な暴力と同一視することで(自分がせいせいすることと引き換えに)、政治による現実の暴力の構造に、別の形で力を貸そうとは思わない。


だが、(かりにも最高権力者であった鳩山氏の「無力」がはらんでいた暴力性を「個人としての」という限定によって免罪出来るものかどうかは別として)政治家がその個人的な無力さの故に、自らの「善意」や「理念」を裏切って暴力的な現実を引き起こした時、有権者である私たちがその現実の酷さを見ない振りをして黙認し続けるのであれば、それはまったく政治権力によってなされる暴力の行使に加担していることになるではないか。
鳩山氏個人の(政治家である限りは責められるべき)無力さに似通っていると思われる、私たちの無力さ自体は暴力ではないが、自分たちの無力さのために他者に行使される暴力の惨禍に目をつぶるなら、この無力さはすでにまったき暴力の手先に変じているのである。


だから私たちが、いま直視するべきなのは、私たちと鳩山氏の無力のおかげで(沖縄の、とりわけ辺野古の)他者に降りかかることになった、この暴力の事実である。
その現実を見据えた上で、私たちの「善意」や「理念」が、結局はそこで挫折し、他者への最悪の暴力の維持へと姿を変えてしまう、この私たちの(政治的でもある)限界をどう打ち破るのか、それが私たちが、この政権と私たち自身の敗北*1から、学ぶべき唯一のことであるはずなのだ。


ところが報道を見ていると、辺野古への基地移設の問題に関して、この見据えるべき唯一の現実を、何とか見ないですませよう、見せないでおこうという意図にまみれたものばかりが目に付くのだ。
私は、肝心なところでは決して自分たちの限界を突き破ろうとしない日本(本土)の政治家と国民の姿を、またしても見せつけられながら、なお「怒り」や「失望」をあらわにしている沖縄の人たちは、まだしも本土の日本人に対して好意的であるか、希望を抱いているのだろうとさえ思う。
あまりにも多くの事例を体験してきた沖縄の人(特にお年寄り)のなかには、本土の日本人(政治家・有権者)のそうした強固な「限界」を否応なく認識して、それ以上を期待しても無駄だという諦念を抱かざるを得なくなった人たちも少なくないだろう。
その人たちが、たとえば、「鳩山さんは、よくやってくれた。これまで日本の総理で、あんなに沖縄のために親身になってくれ、問題を日本中に知らしめてくれた人はいなかった。」という風に言う場合、その根底には、「この人たちにこれ以上(つまり自分らの限界を越えるようなこと)を期待しても無駄だ」という、苦い思いがあるはずなのだ。
そして、その苦い認識の上に立って、せめて子や孫の代には沖縄から基地をなくすために、いま自分たちが煮え湯を飲んでアメリカと日本政府との妥協的な解決案を受け入れるしかない、といった苦渋の選択があるのかも知れないことを、私たちは想像するべきだろう。
そして、そんな苦渋の選択や、発言を強いている自分たちの「無力」を恥じ、それを克服することに向かうべきなのだ。


だが実際には、「鳩山さんは、よくやってくれた」というような地元の人たちの発言は、鳩山氏個人の「善意」や人柄の擁護のために利用されるばかりか、「辺野古」案が容認されること、それをそのままにしてやり過ごそうとしている自分たちの姿勢を正当化するための、口実として用いられている。
つまり、日本のメディアにおいて、鳩山氏の「善意」を肯定する言説は、鳩山氏と私たち自身の(いわば構造的な)「無力」を克服する努力へと向かうことで現実的な力を与えられるのではなく、差別と暴力に満ちた現実のなかに(他者の犠牲の上に)私たちが居直るための口実として機能しているのだ。


私たちの多くは、鳩山氏の「善意」の真実さと無力さを、私たち自身のこととして知っている。
いまするべきことは、その真実さだけを(他者の発言を利用してまで)たんに確認して擁護することではなく、その限界を押し広げ、不当な現実を変えていく力を、この(今は無残なまでに無力な)「善意」や「理念」に与えていくことなのだ。
私たちのこの無力さに関わって、いま他者に押し付けられている現実の暴力から私たちが目をそらし続けるなら、新たな政権がどんなものになろうと、それが私たちの期待や願望を「裏切る」ものになるのは不可避のことだろう。

*1:そもそも鳩山政権は、アメリカとまともな交渉を行うことを回避したのだから「敗北」とさえ呼べないのだ、と言われる。その通りだろう。