『不正義の果て』
シネ・ヌーヴォのランズマン監督特集も、いよいよ終わりなので、休みをとって『不正義の果て』(2013)と『ソビブル』(2001)という未見の二本を見てきた。
http://mermaidfilms.co.jp/70/
全部見ると10時間近くもある『ショア―』全4編は、見たのはずいぶん昔だし、その時は何度か寝落ちしてるので、じっくり見直してみたかったのだが、どうしても都合がつかず見送り。
『不正義の果て』では、監督のランズマン自身が語り手として登場し、カメラに向って延々と喋り続けることに、まずやや驚きを感じる。
この映画は、70年代後半に行われたインタビューを、その内容の重大さから、最近まで公開できずにいたものを、40年近くも経ってから、このような監督自身による語りという形式を付け加えて映画にしたものだ。なので、作中では40年近く前のランズマンの、まだ若々しい姿も見られる。
『ショア―』や『ソビブル』と比較すると、この映画は、構成もカメラワークなどの技法もヴァリエーションに富んでいて、単調な印象はまったくない。後半で、かつての収容所跡を訪れたランズマンが、「悲惨な出来事があった場所だが、不思議な美しさがある」という風に言う場面があるが、これまではあまり表立つことのなかった、映画作家としてのランズマンの独特な美学のようなものが表面に出てきている作品ではないか、とも思った。
端的に言えば、情緒的なものが、より強く出ている。
さて、インタビューを受ける主人公は、ムルメルシュタインといって、ホロコーストから生還したただ一人のユダヤ教長老とされる人である。
ユダヤ教長老とは、ナチスが作ったゲットーや収容所で、ユダヤ人たちの精神的な指導者となった存在だったが、同時にその多くは不本意にも管理者であるナチスに協力する立場にならざるをえなかった。それでも、そうした長老たちは、結局はみなナチスに殺されていったのだ。
ムルメルシュタインが、ただ一人生き延びたということは、彼のナチスに対する協力、そしてナチスとのつながりが、ひと通りのものではなかったことを意味している。
そのことは、ユダヤ人社会の中では広く知られ、批難されている事実であり、たとえば思想家のショーレムは、その著書のなかでムルメルシュタインを名指しで「イスラエルで絞首刑にすべきだ」と書いているという。また、ハンナ・アーレントも、彼にアイヒマン裁判に証人として出席するように手紙を送ったらしい。だが、ムルメルシュタインは、それを拒んだ。歴史の中での彼の名前は、欧州でもイスラエルでも、汚辱にまみれたものになってきたのだ。
インタビューの中で、彼は実際、アイヒマンとは、大戦の始まる前から、特別なつながりがあったことが語られる。指導者として、そうしなければ守れないものがあると考えたのだろう。
その彼が語るアイヒマンの姿は、特にアーレントの著作以後一般的になった、愚直な官僚のようなイメージからは程遠い、並はずれた、悪魔的・怪物的な人物像である。
ムルメルシュタインが言っていることで特に印象的なのは、38年11月のいわゆる「水晶の夜」の時、彼はアイヒマンが親衛隊員の先頭に立って、ウイーンのユダヤ教会を滅茶苦茶に破壊している場面を見たという。このように、「水晶の夜」へのアイヒマンの加担は明白なのに、アイヒマン裁判はそれを立証できなかった。だから、あの裁判はまったくの失敗だというようなことを、彼は言う。
ムルメルシュタインのインタビュー映像を見ていると、自分が如何に収容所の環境を改善するのに貢献したかというようなことに、非常な熱弁を振るう姿に、何か違和感を覚える。僕は、その違和感の中味が何なのか分からなかったが、インタビューしていたランズマンが、急に彼の言葉をさえぎってこう言った時に、それが分かった。
『待ってください。どうも引っかかるなあ。あなたの話を聞いてると、まるで収容所は良いところだったみたいだ。本当は、地獄だったのではないのですか?』
僕が気がついたのは、ムルメルシュタインのあの熱弁や態度は、象徴的な言い方だが、一種のワークホリックではないかということだ。
ムルメルシュタインがナチスに負わされていた大事な役目の一つは、収容所を「美化する」ことであった(この収容所は、いわゆる絶滅収容所ではない)。その「美化する」という意味は、実際には悲惨極まりないものである収容所の生活を、健康的で清潔で喜びに満ちたもののように取り繕って外部に宣伝し(その宣伝映画の映像も出てくる)、ナチスのイメージをよくするというようなことだった。
そのために、たとえばこのイメージに合わない障害者などは、真先に「排除」されていった。
そこには、原発事故が収束していない(などの)状況を否認するためにオリンピックまでやろうとして、対外的にだけでなく自分たち自身を騙そうとしている、今の日本社会の不条理極まりない姿を思わせるものがある。
現実の残酷さを否認し、自分のなかの欺瞞と空虚を埋める為には、彼は当時も今も、精力的に働き、精力的にその過去の行為を「美化」し続けるほかはない。
ムルメルシュタインの異常な饒舌の背後に見えているのは、ナチスの時代がこの宗教者に強いた、そのシステムの巨大な非人間性なのだろう。
このインタビューから40年近くを経た現在のランズマン監督は、とくにムルメルシュタインのこの態度について論評することはない。
ただ、この収容所で彼の前任者だった二人のユダヤ教長老が殺されていった経緯を、これも極力客観的に語り続けるだけである。
ユダヤ人として、ホロコーストの体験を描くことに取り組み続けてきたランズマンは、ムルメルシュタインについて、どう思っているのだろう?
この映画の最後は、インタビューを終えたランズマンが、年老いたムルメルシュタインの肩を抱いて、仲の良い友人同士のように歩いていく、40年前の後ろ姿で終わっている。