『Marines Go Home』補遺/現場と運動

この映画について、書くべきことを十分書けてなかった気がするので、具体的に印象に残ったところを一箇所だけあげて感想を書くことにする。
それは、辺野古を撮った部分のなかで、米軍基地の門の前に立って入っていく車をとめようとする抗議行動をしている地元の男性が、インタビューの最後に、「他にもたくさんやりたいことがある。一生これだけで終わりたくない。」という意味のことを語った場面だ。


ぼくは先日「読書も社会運動も自己解放だ」みたいなことを簡単に書いたけど、この男性の言葉を聞いたときに、ある人たちにとっては、自己解放どころか、抗議行動は否応のない重荷としてあるのだということを実感した。それは、「抵抗」ということの意味を考えたら当然なんだけど、「運動」ということについて考えていたときに、ぼくのなかでは(それぞれの)現場での抵抗としての運動、という考えがすっぽり抜け落ちていたことになる。
これはぼく自身が、自分の生きている現場というものに、ちゃんと目を向けていないことの現われかもしれない。


自分自身の現場に対する関わりが稀薄であるときに、「運動」や「支援」といったことがどういうものとしてありうるのか、逆にそれを一概に否定してしまっていいのかというのは、ぼくにもよく分からないところだし、あの映画を見た人は、みなそうした問いを突きつけられたんじゃないかと思う。
それが、あの映画の「力」のひとつだろう。


ある人にとっての現場性と、別の場所で生きる人にとっての現場性とは、ほんとうに重なることができるのか。あるいは、重ならないと言い切ってしまっていいのか。そういうことをわれわれ自身は決められるのか。
人が、自分自身が生きる場所以外の、つまり他者の生の現場を想像できてしまうということの意味はなんなのか。そこにポジティブな意味があるとしたら、それはどう生かされていったらいいのか。


ぼくが「運動は自己解放だ」と書いたのは、その人の生の現場に覆いかぶさる圧力(物理的・心理的・構造的な)に抵抗する、はねのけること、という意味においてだった。その意味では、あの沖縄の男性にとっても、抗議行動はたしかに「解放」の行為といえなくはないのだろうが、それはぼくの使う「自己解放」という言葉とは明らかに違うのだ。
この違いが、自分には見えていなかったという事実を、とりあえずは自分のなかで大事にしておきたい。そこにしか、自分の「事実」はないから。


映画が終わってから、監督の藤本さんと十三の大衆酒場でいろいろ話をした。
藤本さんが、いま辺野古に関わりはじめた若者たちに大きな希望を抱いていることが、よく分かった気がした。