敗北しない英雄はいない

クリストフ・ルメールハーツクライは、見事に「万年二着」の汚名をそそいだ。


これまでのレース振りとは一変、スタート直後に三番手につけ、そのまま好位を確保してレースを進めた。直線ではいち早く先頭に立ち、外から追い出してくるディープインパクトが並びかけるのを待って坂の直前でラストスパート。半馬身差をつけた内容は、完勝といえるものだ。
狭い内に突っ込んで追い込む競馬をやらせた前走のジャパンカップに続き、この馬にこれまでにないレースをさせて大きな結果を引き出したルメールの騎乗の見事さには、ただ舌を巻くほかない。最終コーナーで十番手以内に位置している馬が断然有利という有馬記念の特徴と、中山のコース特性を考慮にいれた、大胆な戦術の勝利でもある。


敗れたディープインパクトだが、内容としては非常に強い競馬をやったと思う。いつも通り大外を回るレースで、勝ち馬以外には完勝している。中山コースの特性を考えれば、これは強い。
しかし、きのうも書いたように大外を回る競馬をすることは、たぶんこの馬の宿命のようなもので、今回のような戦法をとる有力馬がいた場合、コース形態によっては今後も常に苦戦を強いられる可能性がある。まして来年からは、ハンデ利もなくなるのだ。


とはいえ、関係者やファンの期待(願望)や思惑はともかく、ディープインパクト自身としては、今回の結果は何も悲観するようなものではない。これも、きのう書いた通りだ。
「無傷で勝ち続ける」馬が名馬ではなく、「負けのなかから再び勝ちをつかみとる」馬が本当の名馬なのだ。
ゴール前で最後まで追撃をあきらめなかったディープインパクトには、その「素質」を見た思いがする。


競走馬が人々に与えてくれる最もすばらしい力は、幻想や願望にではなく、それをしばしば裏切る「現実」の方に属しているものである。


武豊は、ディープインパクトに「英雄」というニックネームを授けたという。
東西の神話や歴史が教えているように、敗北しない英雄というものはいない。
むしろ敗北こそが、英雄を英雄たらしめる。
名馬ディープインパクトの栄光と試練の旅路は、これから始まるのだ。