『それでもつながりはつづく』

こないだ紹介した、長居公園テント村の営みと、その強制撤去までの経緯、そしてそこに関わった人たちの思いをつづった記録集『それでもつながりはつづく』。

それでもつながりはつづく―長居公園テント村行政代執行の記録

それでもつながりはつづく―長居公園テント村行政代執行の記録



内容に関しては、こちらに簡潔にまとめられていて、とくに付け足せることはない。
http://d.hatena.ne.jp/gordias/20071030/1193723992



あの出来事や行動に参加した人と、参加しなかった人、という単純な二分法が成り立つものではないということを知るためにも、多くの人に読んでほしい本である。
ぼく自身、行政代執行が行われた日はあの場所にいたので、この本に収められている文章を読んで、思い出したり、反省させられたりすることが多かった。ここでは、とくに一つだけ書いておきたい。


前夜の集会で受けた説明では、芝居を上演するのは一回だけということになっていて、逮捕者が出たりけが人が出たりする混乱を避け、またマスコミに興味本位の報道をされるのを避ける意味からも、行政側の実力行使が行われる前に、芝居を一回やり終わったところで速やかに全員が撤収するという段取りだと理解していた。
ともかく、その一回きりの上演の遂行を、みんなで守るということが目的であるはずだった。
それが、その場になってみると、一回目の上演が終わってもスクラムはとかれず、したがって撤収もおこなわれず、舞台上での上演が何度も繰り返されるということになった。そして、前回の行政代執行のときと同じようなにらみ合い、こう着状態となった末に、行政側によるごぼう抜きが始まり、マスコミが喜んで報道しそうな「衝突」の場面のなかで事態の終わりを迎えることになった。
ぼくは、この経緯について、大きな不満、わだかまりを感じていた。
それは、舞台の上に居たり指揮をおこなっている人たちは、事態の全体を把握・操作しようとしていて、「部外者」である自分にはその内容が知らされないままに事が運ばれている、という不満だったと思う。そういう気持ちが根にあったということは事実である。
あの局面では自分は「部外者」であらざるをえないので、そのことに不満を持つのは妙だが、指示が混乱して貫徹されなかったという印象も手伝って、そうした「わだかまり」は自分のなかでくすぶってた。


だが、今回とくに舞台に上がっていた何人かの人の手記を読むと、悔しさや、どうにもならないやり場のない思いのために、撤退をするという指示が出たあとも、そこで「やめる」ということは出来ず、続けることになったのだと書いてあった。
それを読んだとき、「ああ、そりゃそうやわなあ」と思った。
あの状況で、そしてそこに至るまでの思いがあり、自分が生きる場所が目の前で壊されようとしているという現実があるなかで、誰も自分の感情を制御できる人などいない。
自分の思いのたけを、せめて精一杯吐露したいと思うのが当たり前だし、当然そうする権利があるだろう。
そもそも、ぼくのような「善意の部外者」に、その不制御を責める資格があるはずもない。
そのことを思いやれなかったことが、とても申し訳ないと思った。


あの場で、あのときに、誰も「全体」を把握し統御できる人などいなかった。
そうしなくてはいけないと理性では分かってても、無理だったのだろう。
それが、あの場所であの日に起こったことの、重要な一面だった。
そして、その「無理だった」という部分を、自分は思いやってあげることが出来なかった。
これは本当に、申し訳ないことである。
「自分が恥ずかしい」ということ以前に、その人たちに「申し訳なかった」という気持ちになるのである。