1967年のポグロム

一四九二年の大退去(エクソダス)の際、地理的な、したがって水平的な流謫(るたく)に活路を見出そうとしたスペイン系ユダヤ人「セファルディ」だけが、追放されたわけではなかった。祖国に生き残るためカトリックに改宗したユダヤ人「マラーノ」もまた、先祖の宗教からの垂直的な流謫を強いられていたのである。安息日にシーツを替えたというだけで、あるいは豚肉を口にしなかったというだけで密告され、異端審問所に送りこまれ、場合によっては火炙りの刑に処せられることもあった時代に、自分の本音を隠すための曖昧な表現だけが、マラーノたちの精一杯の自己防衛であった。(『離散するユダヤ人』「はじめに」より)


離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から (岩波新書)

離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から (岩波新書)


先日、古本屋でこの本を見つけて読んでいる。
この本の著者との出会いについて、数年前に北海道の深川市というところに住んでいる親しい人から聞かされたことがある。たぶんこの著者も、その町の出身だと思うのだが、確認できなかった。
上の引用文にも出てくる「マラーノ」と呼ばれるスペイン系ユダヤ人の歴史については、このブログで何度も書いてきた『デリダ、異境から』という映画のなかでジャック・デリダ自身が深く言及していた(この映画を見ることができたのも、先に書いた甲南大学の方々とのご縁のおかげである。)。あれは、あの映画の核心部分のひとつだったと思う。


この本は、著者自身の旅行記という形をとっているようだが、なかなか読み応えのある文章になっている。今日読み終わった第1章では、モロッコのフェズという町にある「メラー」と呼ばれるユダヤ人街のことが出てくる。スペインから追放され、あるいは逃れてきたユダヤ人たちが、異邦の人たちや異教徒や、ときには同じユダヤ人たちによる圧迫や攻撃や差別から身を隠して、数百年の歳月を生きてきた場所だそうだ。
メラーを内包するフェズの迷路のような市街については、こちらのHPにも書かれていた。
http://homepage3.nifty.com/Blowing-in-the-Wind/page015.html


ところで、小岸のこの本を読んでいて驚かされたのは、第三次中東戦争が起きた1967年に、この土地でポグロムが起き、当時20万いたモロッコユダヤ人の人口が3万人に減ってしまったと書かれていることである。それ以前には、1912年にもポグロムがこの土地であったことが書かれているが、1967年という時代においても、そんなことが起きていたとは、まったく知らなかった。
いや、ヨーロッパ以外でもそういうことがあったというのも、じつは知らなかった。これはやはり、ヨーロッパ的・近代的なものがアラブ世界に入った影響なんだろうか?
1967年の事件は、きっとイスラエルの動きに対する反発と関係があるのだろう。現代になっても、国家のような大きなものの思惑によって、生存が決定的に左右されるというこの人たちの運命は、何も変わっていないことになる。ただドイツとかロシアといった国名が、イスラエル(とかアメリカ)という国名に変わっただけの話である。