恐るべき和解

以下は、オバマの広島でのスピーチの翌日の毎日新聞の朝刊一面に載った特別社説だ。
これを読んだとき、あまりの酷い内容に即座に批判記事を書こうと思ったのだが、その時はネットでは見つけられなかった。
http://mainichi.jp/articles/20160528/ddm/001/030/126000c

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98%の意味

内容のない伊勢志摩サミットが閉幕し(もっとも、なんの「成果」も生まなかったという意味では、過去のサミットの中では最善のものだったかも知れないが)、各社による世論調査が発表されている。
軒並み安倍政権の支持率が上昇していることは、これまでの例から考えると驚くことではないが(特に「操作」のようなものがあったとは思わない)、私が一番衝撃を受けたのは、共同通信の調査で、オバマの広島訪問を「評価する」と答えた人が98%に上ったことだ。


彼は立派な演説をしたというが、文章を読むと、原爆投下という出来事を他人事のように述べただけのようである。実際にオバマ政権が行ってきた政策は、核兵器の永続化を目指そうというようなことであり、http://mainichi.jp/articles/20160531/ddn/041/030/010000c
また国際関係を緊張させて、そのことによって「核の脅威」を世界に広めてきた。このことは、米日韓三国による大規模な軍事演習が繰り返されている東北アジアの状況を見ても、よく分かるだろう。
そうした、戦争と核の脅威を増大させるような政治を行ってきた米国の指導者が、自国の原爆の被爆地である都市にやってきて、実際の政策とはまったく裏腹な空言をスピーチする。
これほど、被害者を冒涜し、「平和」を危うくする行為があるだろうか。
そもそも、オバマが広島を訪問した理由は、たんに「核のない世界」をうたい文句にしてきた当人の引退の「花道」を飾りたかったからではない。
彼は広島を訪れる前(資料館の展示を見たのは5分間だけという、非常に短時間の訪問だったわけだが)、岩国まで行って海兵隊にスピーチし(沖縄であの事件が起きた直後の、この時にだ)、そこからオスプレイに乗って広島にやってきたのだという。また、帰国時も、米軍基地から飛び立ったらしい。
これは、彼の日本訪問の目的が、サミット出席を別にすれば、日米同盟の再編的強化のアピールにあったことを、よく示している。
広島に行って、「和解」を強調したのも、この新たな同盟関係の誇示のためである。そこに表れているのは、軍事化を強める日本の動きを今後は抑制することなく「活用」しながら、アジアにおける軍事的プレゼンスを維持していくという米国の意志だろう。
日米安保体制は、日本の改憲・軍事力の強化に伴って、より戦闘的なものへと変容するのであり、そのような右翼的・軍事的な日本の政治体制の路線を肯定しながら、同盟を維持していくという姿勢が明確にされたわけだ。
日本がもはや侵略戦争を行った加害国ではなく、原爆投下という無比の悲劇の「被害者」であり、しかも、そのことに関して加害国の米国に決して謝罪を求めないという「品位ある」態度を示すことで、「謝罪を求める」ような他の被害者たちに比して道徳的優位性を獲得するという、どこまでも日本にとって都合のよい「和解」のストーリーを演じることをオバマが引き受けたのも、こうした「和解」(過去の加害行為を無かったことにすること)の論理が、結局は(最大の植民地主義国家である)米国自身にとっても何より好都合なものであるからと同時に、肥大する日本のファッショ的なナショナリズムに、米国がお墨付きを与えたことを周辺各国に対して示すためなのだ。
こうして、オバマは東アジアにおける米国の戦争利権を確保し、「代理人」としての仕事を後任者(おそらく、トランプになるのだろう)に引き継ぐということが、今回彼がたどった「花道」の意味だったのである。


と、以上のようなことが、まったく認識されていない結果が、98%の「評価する」という声なのだろうか。
たとえ、まったくの言行不一致であっても、やはり広島に来て、あのような演説をしたことに意味があったと、考える人が多いのか。
だが、そのような発想には、どこか現実に対して関わっていく姿勢が欠けていると思える。
世界と日本の政治の動きに対する、無力感、傍観者的態度が社会を覆っていることを、この「98%」という翼賛的とも思える数字は示している気がするのである。

『日本にとって沖縄とは何か』

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戦争のための「和解」

28日に日韓両国政府の間で行なわれた「合意」と呼ばれるものですが、被害の当事者である元「慰安婦」の人たちをなおざりにして、国家・政権の都合だけを優先させた酷い決定だったと思います。

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「左折の改憲」論について

最近、憲法9条の改正を平和主義の側から提起しようという、「左折の改憲」論というものが多く出されているようだ。
私はこれには反対なので、そのことを一言しておきたい。

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基地とわれわれ

以下は、沖縄の岡本恵徳が書いた「「やさしい沖縄人」ということ」という文章の一節で、『「沖縄」に生きる思想』という著書に収められている。
初出の日付は、いわゆる日本への「復帰」(施政権返還)がなされた1972年5月である。
「本土」の人間である僕は、この岡本の文章を「沖縄の人がこう言っている」というような感じで、ここに引用することには、たいへん抵抗がある。岡本がこの文章を書いてから40年以上がたったいま、沖縄の基地が減少するどころか、その「過酷」が増大する一方であるという現実を考えれば、なおさらだ(そのことは、ここでの岡本の言葉に対する重大な裏切りと言われても仕方がないだろう)。
それでも、あえて紹介しようと思ったのは、ここに示された、「みずからの担っている過酷な状況を拒否するとともに」「みずからの担っていると同様の過酷を担わされることに反対する」という思想を持つべきなのは、「本土」のわれわれの側なのだということを確認したいからである。それが出来ていたら、いまの沖縄の「過酷」な現状はなかったはずではないか。
沖縄に学び、そういう思想を自分のものにするという姿勢に基づくのでなければ、「地上のどの場所にも基地は要らない」にせよ、「本土への基地引き取り」にせよ、たんに形だけの運動に終わるというばかりでなく、意図したものとはまったく異なる結果を生じさせてしまうことにもなるだろう。

(前略)沖縄が、沖縄の担わされている状況を峻拒することは、同時に、沖縄以外の誰もがそういう犠牲(もしその言葉が言えるとすれば)を担うことを沖縄は許さないのだとする意志の表明であるのだから、その意味では、本質的なところでの「やさしさ」を生きていることになるといえなくもない。
 かつて「本土の沖縄化に反対する」という革新政党のスローガンに対して、中野重治がひとつの異議を呈出したことがあった。中野氏のこの発言は、そのスローガンの中に潜んでいる、沖縄を差別し沖縄と同じような状況に陥るのは御免だとする本土側のエゴイズムを鋭くえぐりだしたもので、中野氏らしい倫理観と潔癖さにあふれた美しい文章であった。
 この文章に接したとき、直ちにその旨の紹介を新聞のコラムで行なったが、この中野氏の発言は中野氏の言葉として美しいが、それは沖縄に生きているぼくたちに当てはまるものではないとして、紹介以上のことを付け加えることをしなかった。そして、ぼくの予想していたように、沖縄の人々がその中野氏の発言に同調しなかったことを、ぼくなりに沖縄の人間の本質的な「やさしさ」のよき現われであるかも知れぬと考えたことがある。
(中略)
 さきに中野氏の発言として美しいと述べたが、それは本土に生きる知識人の言葉として美しいのであり、沖縄に住むぼくたちにとっては、それとは逆に「本土の沖縄化に反対」することこそ、正しいのである。
 本土に住む人間が「本土の沖縄化に反対」するとき、無意識のうちに露呈されるエゴイズムをみることができるとするならば、沖縄に住む人間が、「本土の沖縄化に反対」することは、みずからの担っている過酷な状況を拒否するとともに、そのことを通してみずから以外の本土の誰かが、みずからの担っていると同様の過酷を担わされることに反対することを意味するのであって、したがって沖縄に住むぼくたちにとっては、「本土の沖縄化に反対することに反対」するわけにはいかないのだ。そのようなまぎれもない認識があって始めて、本土の知識人としての中野重治氏の発言は美しいのであり、沖縄のぼくたちにとっては「本土の沖縄化に反対」し続けなければならなかったし、反対し続けてきたはずである。(p75〜77)


「沖縄」に生きる思想―岡本恵徳批評集

「沖縄」に生きる思想―岡本恵徳批評集